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「真田丸」徳川連携せず焦りが悲劇に!抜け駆け切腹

大河ドラマ『真田丸』
 第45回「完封」作:三谷幸喜
【大坂の陣開戦・真田丸始動】
 時は慶長19(1614)年、兄・真田信之(大泉洋)は数え年49歳、弟・幸村こと信繁(堺雅人)は推定44(1571年生まれ説の場合。従来説は1567年生まれで+4歳)
 
1118日深夜(19日未明)、徳川方の蜂須賀勢が、豊臣方の明石勢の守る木津川口(きづがわぐち)砦を速攻したことで、前哨戦の火蓋が切られました! 砦は陥落。
 
1126日未明には、豊臣方兵力300の今福(いまふく)砦を、徳川方の佐竹義宣(よしのぶ)1500が襲撃…! 砦を守る豊臣方は、後藤又兵衛(哀川翔)と秀頼側近・木村重成(白石隼也)です。一説にはかなり激戦だったとも伝わります。
豊臣軍は又兵衛が負傷する一方、徳川方の佐竹軍は重臣・渋江政光などが戦死、被害が大きかったようです。この合戦の徳川方には上杉景勝(遠藤憲一)も協力し、今福砦から大和川をはさんで対岸にある鴫野(しぎの)砦を攻略しました。
 
 ちゃっかり()来年のドラマ予告が入ってましたよ!
真田丸のてっぺんから戦場を一望する真田主従。
あちらにも赤備えがおりますぞ!」「あれは井伊直孝殿じゃ、かの井伊直政の次男坊じゃ。…向こうにも、ここに至るまでの物語があるんだろうな」「一度、聴いてみたいものですなぁ」
 年明けには聴けますね!
 
さて、真田丸では、幸村の息子・大助(浦上晟周)が初陣の準備をととのえます。かつて幸村が「天正の上田合戦」で神川(かんがわ)の河原でやったように、「六文銭」の旗印を大きく振りながら、婚礼でよく謡われる「高砂」を朗々と披露! 徳川軍の挑発に成功です…!
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!
大河ファンのために(=^^=)
【霧に包まれた真田丸、徳川軍は連携できず!】
 真田丸の戦いが勃発したのは、12月4日。ただ、それまでに真田丸で何も起きていなかったわけではありません。冬の陣が本格開戦したのが1119日で、すでにその頃には真田軍と徳川方の前田利常軍との間で鉄砲による小競り合いが繰り広げられていました。
 
前田軍の先陣を指揮していたのは山崎閑斎という武将で、この人はものすごい経歴の持ち主です。天文21(1552)年の生まれで初めに仕えていた朝倉家が滅亡。明智光秀に仕えて「本能寺の変」で二条御所を襲撃し、山崎合戦で敗戦。柴田勝家の配下に仕えて賤ヶ岳合戦で敗戦。その後、前田利家・利長に仕えて関ヶ原合戦で加賀大聖寺城攻めにて活躍し、1万4000石に。大坂の陣も生き抜き、69歳の人生を駆け抜けました。たたみかけるような滅亡の憂き目を見ながらも勝ちにたどり着いた執念の男…!
 
真田丸攻めでは、山崎閑斎らは主君の前田利常にせかされつつ、12月4日の早朝ついに真田丸の手前にあった篠山(笹山)という場所を制圧しました。その時、あたりは霧に包まれていたらしいです。
徳川方は前田軍の他にも、井伊直孝(直政の次男)松平忠直(家康次男・秀康の嫡男)藤堂高虎の軍が真田丸を狙って布陣しており、霧のせいで連携が取れていなかったにも関わらず、一気に開戦へと向かいます。
 
 
【徳川軍の焦りが悲劇に…! 抜け駆け罪切腹!】
 前田軍で最前線にいた小姓たちは速く手柄を立てようと、主君の許可も無く進み始めてしまいました。それに気づいた馬廻り衆は不審に思い、本陣の旗を見ました。本陣の旗も進んでいるようであれば、それは進軍を意味しているからです。すると、前田軍にとっては不幸なことに、この時たまたま本陣の旗本が旗の位置を調整しているところだったのです! 進軍開始だとカン違いした馬廻り衆は、我も我もと突撃していきました。やがて、真田軍のつるべ撃ちをくらうこととなります。
 
不幸は同時多発するもので、井伊軍と松平軍も似たような問題を起こしました。勇猛な井伊軍が先頭で待機していると、松平軍が「我らが先へ」とばかりに少し前へと進み出ました。今度は井伊軍が「いや、我らが先だ」とまた前へ。我らが先、我らが先、と競い合ってるうちに、大坂城と真田丸の空堀(からぼり)や柵(さく)の前まで来てしまいました。もはや真田軍の銃撃範囲である危険領域に達していましたが、意地があって退くに退けない井伊軍がこれまた主君の許可無しに空堀に続々侵入し始めてしまったのです!
 
こうして、激しい狙い撃ちが始まったのでした。
この時の戦死者で記録が明確なのは、足軽大将級が前田軍6名・井伊軍35名をはじめとして、負傷者やその配下の死傷も含めると数知れず。話に尾ヒレもついていたと思いますが、近隣では「万の損害」などとウワサされました。
真田軍だけでなく、長宗我部軍も井伊軍と激戦を展開したとも伝わります。
なお、合戦後、前田軍敗北の原因となった無断進撃をした阿井八兵衛と山田大炊(おおい)の2名は、抜け駆けの罪で切腹とあいなりました。
 
  ~主な参考文献~
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
平山優『真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実』(角川選書)p.191204~、231~、246262
小和田哲男『戦国合戦事典』(PHP文庫)p.409
編:小林計一郎『[決定版]真田幸村と真田一族のすべて』(KADOKAWA)p.107
「週刊 再現日本史」江戸1-(講談社)
 
 

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     清水しゅーまい


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コメント

No title

その前日ブラタモリと言う番組で大阪城のことをやっていましたそして真田丸の後を想像したりいろいろありましたがいかに戦後徳川家康が徹底的に真田丸を憎み0にしようとしていたかを伺われるものでしたよ
やっぱり私たちの心の中には判官贔屓的な要素があり悲劇に立ち向かう幸村の姿は何か悲愴に思いました
ほんとに感動的でしたね
ナイス

No title

映像は大河で戦闘シーンの解説は、しゅーまい様の記事がピッタリですね。

後藤又兵衛の活躍が描かれなかったのは心残りです^^

ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

こんばんは。
遂に本格的な合戦シーンが観れましたね、真田丸最強でした。
それなのに・・・もう来週で冬の陣は終りそうですね(^^;

No title

いよいよ 合戦が始まりましたね~! 今週も面白かったです!来年の大河にエールおくる会話 ネットで話題になってましたね~! 三谷幸喜さんニクいことやりますよね(o^∀^o)

No title

☆みっちゃんさん
真田丸も大坂城も徹底的に破壊され埋められてしまったと聞きますから
よほど徳川はイラ立っていたのでしょう。

判官びいきが不思議と日本人には備わっているようですね。
大坂冬の陣と夏の陣の、間の休息はつかのまの最後のゆったりした時だったんでしょうね。
偲ばれます。

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(^-^)
記事も読んでくださって大感謝です(=^▽^=)

大河の映像、ハリウッドなみに音響よくしたり霧も醸しだしたりCGも込み込みでできれば
なおよかったのですけどね(笑)
後藤又兵衛も、夏の陣で大奮戦するかも…!

No title

☆ハニー先輩さん
関ヶ原(慶長上田合戦)であんまり合戦場面なかったので
久々の合戦映像でしたね(^ ^ゞ
ようやく真田丸できて本格始動したと思ったら
もう解体でしょうかねぇ~(笑)
なんか式典でもやって欲しいところですww

No title

☆ばねぱんさん
合戦、さすがに気合い入ってましたね(^ ^)
赤備え同士で、真田と井伊で感慨深かったみたいでしたね~!
ネットで話題でしたか
さすが三谷幸喜、話題作りも上手ですね(^∇^)!

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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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