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「真田丸」真田“関ヶ原の後”に森蘭丸弟と激闘…!

大河ドラマ『真田丸』
 第37回「信之」作:三谷幸喜
【勝ったのに敗軍の将として降伏した昌幸・信繁】
 時は慶長5(1600)年、真田昌幸(草刈正雄)は数え年54歳、長男・信幸(大泉洋)35歳、次男・幸村こと信繁(堺雅人)は推定30(1571年生まれ説の場合。従来説は1567年生まれで+4歳)
 
関ヶ原の合戦…、長期戦を予測していた武将も少なくありませんでした。しかし、決戦は1日で決着。
あきらめきれぬ昌幸はせっかく徳川秀忠(星野源)に勝利し追い払ったのだから、と、付近に残る徳川方の軍に攻撃を始めました。が、石田三成(山本耕史)が捕まって味方の敗戦が確定すると、信繁は父・昌幸を押しとどめて降伏を受け入れ…。
 
徳川方についた兄・信幸は、舅(しゅうと)本多忠勝(藤岡弘、)とともに、家康(内野聖陽)にとりなしを頼みます。さんざん頼み込み、信幸は父・昌幸と縁を切る象徴として、父から拝領した「幸」の一字を捨て、真田信之に改名したのでした。昌幸の上田城は明け渡しとなりましたが、代わりに信之が上田9万5000の大名として治めることに。
 
冬、昌幸・信繁親子の一行は、紀伊の高野山にある九度山村(くどやまむら)のうらびれた屋敷へ。。。
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!
大河ファンのために(=^^=)
【真田親子“関ヶ原の後”に森蘭丸弟と激闘…!】
 
今回は右隣の、森です!

 
 石田三成は挙兵すると、真田昌幸と書状のやりとりを始めました。その手紙の中で、三成が非常に敵視している武将がいました。信濃・海津(かいづ)137500石を治める森忠政です。この武将は、織田信長の側近として有名な森蘭丸の実弟です。三成は、この森忠政を「幼い豊臣秀頼をたぶらかし、まんまと知行をせしめた悪人」とまで罵倒しており、真田だけで攻略するのが難しければ加勢を送ると言っています。
 
なぜ、三成はそんなに怒っていたのでしょうか?
森忠政は豊臣秀吉に仕えて美濃・可児(かに)郡の金山(かねやま)城7万石を治めていました。ところが、秀吉が亡くなると、家康に急接近。家康はいわゆる五大老・五奉行の合議制を無視し、勝手に森を海津城に加増転封したのです。森は慶長5(1600)年3月に海津城に入ると増築し、「待城(まつしろ)」と改称しました。これが、のちに「松代」になります。
 
海津(松代)城のあたりは、かつて武田信玄 対 上杉謙信の大合戦が繰り広げられた「川中島」の一帯です。秀吉の時に豊臣家の蔵入地(くらいりち=直轄領)になり、石川光吉(貞清)という武将が代官として権限を持っていました。しかし、家康はその権限も勝手に奪い、森の加増転封に活用します。そんないきさつで、森があっさり徳川になびいてしまったことを、三成は怒っていたのです。
 
 
【上田合戦は終わってなかった!
 葛尾城を信繁が急襲…!】
 上田合戦で森忠政は、9月5日、上田城の塩尻口という場所に進軍しました。が、この持ち場は、直接の戦闘には発展しなかったようです。
その後、徳川秀忠が関ヶ原へと向かうと、森軍は抑えとして葛尾(かつらお)城を守備しました。9月15日、関ヶ原の合戦が決着。
 
その3日後、9月18日。真田が夜襲を仕掛けてきたのです!
真田軍は葛尾城に巡らされた三重柵を破り、城に接近城壁の狭間(はざま)に取り付きました。狭間というのは、ドラマのオープニング映像にも出てきますが、城の内側から矢や鉄砲を放つためにある、穴です。真田軍は、逆に城壁の外側から狭間の中へと、槍を突き入れて攻撃してきたのです…! 激しい槍の突き合いとなりましたが、森軍の松村久之丞という武将が鉄砲足軽に銃撃させると、数人に命中し真田は動揺。ここで松村が城外に打って出て、真田軍を退散させました。
 
しかし、さすが真田軍、まだあきらめません!

9月23日、信繁が指揮する軍が、あらためて城攻めを敢行しました。信繁たちは戦闘を優位に進め、一時は葛尾城三の丸を占領したほどでした。森軍は危機に瀕しましたが、前回も活躍した松村久之丞らが決死の突撃を行ない、かろうじて防衛に成功したのです。この攻防戦は、午前8時前から午後2時過ぎの時間帯にかけて繰り広げられたと伝わります。

 
このあと、徳川方についた信幸(信之)の説得があり、昌幸・信繁親子も降伏するに至ったのでした。
 
  ~主な参考文献~
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
平山優『真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実』(角川選書)p.124~、129141
編:小林計一郎『[決定版]真田幸村と真田一族のすべて』(KADOKAWA)p.78280303
谷口克広『信長家臣団事典』歴史群像シリーズ27号「風雲 信長記」特別付録(学習研究社)
 
 

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コメント

No title

だんだん悲劇的な様相になってきましたね
生き残りかけて正義も仁義もなく強いものになびく。それが戦国武将のやり方なんでしょうね
マア徳川家康の憎らしいこと、実は内野聖陽さんの不安なんだったのですがせみ時雨にしびれ、その後欠かさず見てましたが・・
ないす

No title

☆みっちゃんさん
広く長い視野で見ると 強力な武将がより力を発揮したほうが
結果的には治安がよくなる傾向にあるので、
正義が実現する可能性も高くなると思いますよ(^ ^)
徳川200年有余の平和はやっぱり立派なものだと思います(^-^)
それにしても
ほんとに内野家康すっかり憎々しい感じになりましたよね~(笑)

No title

三成が森忠政を怒ンプンプンだったのは知ってたけど、
真田が森と戦ってたのは知らなかったです。

でもこれ以上活躍してたら助命されなかっただろうから、ギリギリまで頑張ったとも言えますね。

ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
真田と森、興味深い対決ですよね(^∇^)
秀吉が森家に、「天正壬午の乱」のドタバタで失った海津城を、あげていたら
けっこう違うことになったのかもしれませんね。

信繁、もう少しで森を落城させるところでしたが
ほんとギリギリの線だったとも言えそうですよね(^-^)

No title

こんばんは。
今回は家康の嫌みったらしい姿が、昌幸でなくても頭にきちゃう演出でしたね。
予告編を観たら来週は一気に時間が流れてる感じでした。

No title

☆ハニー先輩さん
真田丸の家康、当初はずっと気弱な面をもっていたのに
七将の三成襲撃事件の頃からすっかり偉そうになってしまい別人ですよね(笑)
真田丸ならではの感じが薄れてしまい残念です。
予告編で昌幸は老人になってるし
秀頼が立派な大人になっていましたね…!

No title

今週は 感動シーンが多い回でしたね~!ただ 高畑淳子さん泣き叫んでるシーンは 息子さんの事件を連想させて複雑でした。事件の前に収録されてたんでしょうか。

No title

☆ばねぱんさん
ナイス!どうもありがとうございます(=^▽^=)
信之の家族思いや、別れの場面、
吉継や三成の最期など、よかったですね(^ ^)

高畑母子の共演場面は、収録済みだったのを撮り直したとかって何かで見ましたけど
今回のはどうだったんでしょうね(^ ^)?
事件、示談になったようですし なんかモヤモヤしますよね~

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ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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