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「花燃ゆ」至誠を貫く/憧れの的!富岡“一等工女”

大河ドラマ『花燃ゆ』
 第48回「富岡製糸場の危機」作:小松江里子
【至誠を貫く】
 1881(明治14)年、久坂美和(井上真央)は数え年39歳、楫取素彦(大沢たかお)53歳。
美和は母親たちのために寺子屋のような「学びの場」を開校しました。女たちの松下村塾のようだ、としみじみする美和。素彦のほうは群馬生糸の輸出が順調です。
 
ところが、その頃、明治政府は財政再建のため、赤字続きの官営工場の民間払い下げを進めていました。群馬の富岡製糸場も対象になりましたが、大規模過ぎて買い手がつかず、群馬県庁に閉鎖の通達が来てしまいました。
女工さん達はもちろん、県の職員や県民も大反対です。人々は工場存続を求める署名集めを自主的に始め、それらを持って県令・素彦は明治政府に乗り込み、農商務卿の西郷従道(つぐみち 隆盛の弟 飯田基祐)に直談判しました(1116日付で意見上陳書を提出)
 
政府からの回答が来たのは、翌年。

くしくも、素彦と美和が設立に邁進していた群馬女児学校の開校日! 「富岡は存続だ…!」抱き合って喜ぶ人々。「思いが通じたんだね!」講堂の正面には、「至誠(しせい)」と書かれた額が。美和の兄・吉田松陰が大切にしていた言葉です。至誠にして動かざるは、いまだこれあらざるなり(=誠を尽くせば必ず動く『孟子』)

 
今回は、成長した秀次郎(ひでじろう 大八木凱斗)も登場しました。美和の亡き夫・久坂玄瑞(げんずい)が京都の辰路(たつじ)に産ませた男子です。秀次郎は久坂家を継ぐことと医師を目指すという志を報告したのでした。
 
都合いいことに阿久澤夫婦(江守徹&三田佳子)が美和と素彦をくっつけようと動き出し、
一気に大団円が近づいてきました…!
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!
大河ファンのために(=^^=)
【憧れの的だった富岡製糸場の“一等工女”】
 富岡製糸場は1872(明治5)年に操業を開始しました。当時世界最大規模で、日本の生糸生産に初めて機械を導入。フランスの最新鋭機を駆使し、良質な生糸()を世界に大量輸出しました。
 
創業時は工女188でスタート。士族や豪農の娘が多かったそうです。労働時間は朝7時からで、昼食など3度の休み時間を入れて午後4時半まで、1日8時間以内です。毎週日曜休みのほか、夏休み・冬休みが各10日間ありました。よその民間工場では『女工哀史』のような苛酷な状況が続出することとなりますが、こと富岡に関しては、かなり先進的でした。さらに、特に技術が優秀な者トップ3%は「一等工女」と呼ばれ、赤いたすきに高草履という目立つ服装で、錦絵に描かれるほど憧れの的になりました。年収は見習いが9円なのに対し、一等工女は25円でした。
 
作業の指導はフランス人の男性技師4人・女工師4人が行ない、その技師にはなんと太政大臣に匹敵する報酬が支払われていました。しかも、宿泊場所はワイン倉庫も備えた専用住宅「ブリュナ館」という、大変な厚待遇でした。
 
全国から集まってきた工女達はその後、帰郷して各地の製糸工場に技術を伝えました。
こうして、1909(明治42)年には、ついに日本がシルク輸出世界一になったのでした。
 
  ~主な参考文献~
テレビ番組『歴史秘話ヒストリア』「富岡製糸場 世界遺産へ」(NHK)
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)
福田和也『教養としての歴史 日本の近代()』新潮新書p.171
 
 

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コメント

No title

着々と美和さんは自分の道を歩んで近代化に向けてるよう相撲12がつですからえんでぃんぐもいえてきてますものね
どうおわるのかな
たのしみです
しゅーまいさんのいろんな裏話なしでどらまのおくがふかまりますね
ないす

No title

PCしていて見逃しました(^_^;)-もうゆかりの地みたいなとこ。

「富岡製糸場」世界遺産に登録され有名になり御存知かもしれませんが、この工場を守ったのは市役所、県庁、市民ではなく一企業なのです。

操業停止後は、富岡市民からは市の開発の邪魔になるとの声もあったそうです。

しかし、「片倉工業」はその歴史的価値を理解しており、操業中止後も常駐の社員を置き保存に務めてきたのです。-会社にとっては経営に全く関係ない出費だったのにも関わらず。

その後建物を市に寄附しました。-何年か後土地は市が買い取りましたが。

歴史的な価値を見る目があった会社に払い下げられたのが幸いでした。

No title

日曜パートで又見そびれましたが
しゅうまい「さんの 解説で分かりましたNICE

No title

NICEはいらない

No title

みっちゃんさんに同感です ドラマしゅうまいさんのおかげで楽しみ

どんな最終話を迎えるのか^^v

No title

富岡製糸場の給料は かなり 高かったのですね
片倉に経営が移ってからも 待遇は良かったのでしょうか
片倉は 諏訪湖に大きな工場を作り ここでは 女工のための 福祉施設や 病院を作るという 素晴らしい経営をしていますね。

No title

☆みっちゃんさん
このドラマの美和さんは
自分の道を思う存分つっ走りましたね(笑)
おそるべき人物でした(^ ^ゞ
長大な初恋もとうとう実るようで
どんなエンディングか楽しみですね
いつもコメントありがとうございます(^-^)

No title

☆konkonさん
富岡製糸場、
操業停止後は市民からも邪魔物扱いでしたか!
廃業してしまえば、そんなものかもしれませんね。
それなのに片倉工業は保存続行して
立派な遺産を伝えてくれたんですね。
大変な功績ですね。ありがたいことです!

No title

☆ぎいさん
NICE入ってましたよ♪
いつもありがとうございます(=^▽^=)
お仕事おつかれさまです(^ ^)

No title

☆サッチさん
コメントを戴きまして励みになります(^-^)
幕末維新にかけてたくさんの
登場人物が亡くなりましたが
ヒロイン美和の
恐ろしく長大な初恋がとうとう実るようで
最終話は大団円になりそうですね(=^▽^=)

No title

☆花やっこさん
ナイス!ありがとうございます(^-^)
当時の給与水準がどんなものかと
あとでかなり気になって、
「コインの散歩道」というホームページを見ましたところ、
ものすごい格差(職業・男女)があったようです。

1892(明治25)年頃、
「住み込み下女」の年収はだいたい10円未満。
「機織り女性」の年収は、約20・4円。
「農作業の日雇い」は年収が男性約37・2円、女性約22・6円。
「大工」は全国平均年収が約64・8円。
これが、「小学校先生」や「巡査」になると、月給(初任給)で8円。
大手銀行員が月給(初任給)35円、
上級公務員が月給(初任給)50円などとなっていたらしいです。

農工業系の年収を、
官業系や大手サラリーマンはヘタすると1カ月かそこらで稼いでしまうこととなりますね。
大変恐ろしい格差です。
(次の欄に続きます)

No title

☆花やっこさん
(前の欄からの続きです)

富岡は最初は三井に払い下げられていて、
現在の片倉工業に合併されるのは太平洋戦争のちょっと前になります。
片倉工業のことはぼくはよく知らなくて、
そういう福祉充実した素晴らしい経営だったというのも初めて知りました。
情報ありがとうございます(=^▽^=)

No title

ポチ忘れてました。

それと「一等工女」についてのコメも忘れてました。有名な?「かかあ天下」僕も長い間女性が強いという意味だと思ってましたが、彼女たち以外も群馬の女性は織物など稼ぎが良かったので「うちのかかあは(働き者で)天下一」の意味だったんですね。

蛇足-富岡市だけでなく前橋も製糸場の跡地に当時絶頂期だった今はなき「ダイエー」を誘致し、「シルクプラザ」と呼んでたそうです。今はダイハツの工場跡地にショッピングモールができたのでないのでしょうが。

No title

大工さんが銀行員の2倍も収入があったんですか?
すごいですね!

労働時間や労働条件等はしっかりしていますね!
やっぱり明治の決め事は今に受け継いでいる感じがします。

どうも美和が絡むと作り話的に見えてしまうんですが、
富岡製糸場や群馬の女工さんは世界に誇る技術だったのですよね!

習慣とは恐ろしくてもう見ないといいつつ、8時になるとHHKつけてしまいます^^;

オールポチ☆です~(^^)

No title

☆konkonさん
ポチどうもありがとうございます(^-^)
「かかぁ天下」に妻称讃の意味合いがあるとは
初めて知りました!

前橋にも製糸場あったんですね。
「シルクプラザ」ですか、群馬の中心地らしい名称ですね。
konkonさんのお蔭で群馬への興味深まりました(=^▽^=)

No title

☆Parlさん
オールポチいつも感謝しております(=^▽^=)
コメント欄まで読んで戴いて嬉しいです(^ ^)
ところで
大工さんは「年収」で約65円、
大手銀行は「月給」で約35円なんです(゚∀゚)
若い大手銀行員が2カ月勤務するだけで、
一般的な大工の年収以上を稼いでしまうことになります…!
恐ろしい格差社会です。。

群馬などの女工さんの技術、
世界に認められ今も語り継がれる立派なものでした♪

おぉ、日曜8時のNHKが習慣に(笑)!
それは恐縮です。。
そのかわり受信料のもとは取れるようになると思いますよ~(^ ^ゞ

No title

富岡一女工のことは、タイムスクープハンターでやってた気がする^^
(途中で寝ちゃったんで記憶曖昧^^;)

村クリ(*´∀`)ノ+゜*。゜ナイス+゜。*゜+

No title

☆栞さん
村クリとナイスどうもありがとうございます(=^▽^=)
「タイムスクープハンター」にも富岡一等工女が出ましたか…!
さすが、世界遺産にもなって、注目度高いですね(^-^)
大河でもう少し掘り下げて描いて欲しかったですよね~(^ ^)

No title

次の記事が出そうなのに3度目のコメお許しください m(_ _)m

前にも西に西陣東の桐生と書きましたが、かるたにあるように伊勢崎にも銘仙という名産品があったようで江戸時代に田舎で日銭が稼げる女性は珍しく、ありがたい存在だったようですね。

この桐生は織都、高崎は商都と呼ばれていました。

江戸時代から利根川の海運も盛んで「お江戸見たけりゃ高崎田町」と歌われたそうです。-凄くオーバーだと(^_^;)

戦前は商人の子は高崎商業に進学するものが多く、生徒は旧制中学と同レベルの学力があり経済界はそのOBが有力者で、戦後でもOBの元高校の校長が市長選でも現職の自民党の県議会議員の候補を破る程の人脈があったようです。

タイムスクープハンター復活しないかな。

No title

☆konkonさん
再びコメントを戴いて大変嬉しく思います(=^▽^=)
銘仙ですか、誰かの文学作品に出てきたのが記憶にありますが
伊勢崎の名産品とは、知りませんでした。
実用品ですし当時はオシャレなものだったんでしょうね、
作っている女性の存在は貴重だったことと思います。

「お江戸見たけりゃ高崎…!」
それはさすがに大げさな感じですが
それほど誇りがあったことの証でしょうね(^-^)

高崎商業という学校はそんなにすごい人脈をもっていたんですか。
近頃、学歴というか、学閥のほうに興味があるので
貴重なお話です。
「タイムスクープハンター」、数回しか見たことないんですけども
意外な雑学が身につくしおもしろかったですよね~。

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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