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「花燃ゆ」海外熱望した玄瑞と亀太郎/坂下門外の変

大河ドラマ『花燃ゆ』
 第19回「女たち、手を組む」作:大島里美
【晋作夫婦、目立つ/亀太郎自刃】
 1862(文久2)年、久坂文(ふみ 井上真央)は数え年20歳、小田村伊之助(大沢たかお)34歳、久坂玄瑞(東出昌大)23歳。松陰の死から一気に2年ほど経ってしまいました。
 

高杉晋作(高良健吾)の異国上海(シャンハイ)への視察が決まりました。晋作は(はぎ)一番の美人妻・雅(まさ黒島結菜)を置いてゆくのが心配で、文に仲よくなってくれるように頼みましたが…。

  雅「…生きとるんが少々退屈ですの。
    でも、あのかた(晋さま)だけが、わたしをワクワクさせてくれますの」
 晋作の女版のごとく“おもしろきこと”を求め、傍若無人で好奇心が強いという設定。なかなか斬新かもしれません。
 
さて、玄瑞たちは、長州藩重臣・長井雅楽(うた 羽場裕一)が進める「航海遠略策」を“幕府におもねる愚策”だと決め付けました(また、当時、玄瑞たちは松陰の死を長井のせいだと思い込んでいました)。とうとう長井暗殺をくわだてますが、松下村塾生の一人・松浦亀太郎(内野謙太)が先走り、失敗しこの年4月に自刃。享年26歳。。。
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!
大河ファンのために(=^^=)
【外国へ行きたかった久坂玄瑞と松浦亀太郎】
 ドラマでは、外国行きを素直に喜ぶ高杉晋作に対し、久坂玄瑞は「異国と戦う時に異国行きなんて…」というような感じで反発してました。
しかし、実際は、松下村塾生で最初に外国行きを発案したのは、その玄瑞でした。玄瑞はまだ松陰先生健在の1858(安政5)年6月、ロシアの黒龍江(アムール川)方面を探索したいと申し出ているのです。ところが、松陰は“京都情勢が緊迫しているので時期が悪い”との理由で延期を勧め、結局この計画は流れてしまい、玄瑞はその後も海外雄飛を果たせませんでした。
 
松陰の肖像画を書き遺した松浦亀太郎(松洞)は同年10月頃、幕府が計画していた遣米使節団に潜り込もうと画策していました。亀太郎はいかにも画家らしく、自分の目で異国を見ることを切望していました。また、この時期には松陰が水野土佐守(忠央?)という人物を暗殺しようとしており、亀太郎はそういうことに嫌気が差していたらしいです。亀太郎の計画に高杉晋作も賛成していましたが、松陰がまた“時期が悪い”との理由でお流れにしてしまいました。
 
松陰先生はその早い晩年、生き急ぎ過ぎて、自分の最期を速めてしまっただけでなく一部塾生達の飛躍の可能性をも潰してしまいました。非常に残念なことです。
 
【その時…意外と歴史的意味が大きい「坂下門外の変」】
 1860(安政7)年3月の「桜田門外の変」に隠れてとても知名度が低い1862(文久2)年1月の「坂下門外の変」。残念ながらドラマに出てきませんでしたが、実は、『花燃ゆ』の登場人物達にも影響が大きく、桜田門外の変に負けないくらい()歴史的意味も大きい事件です。
 
大老・井伊直弼が亡きあと、幕政をリードした老中・安藤信正。安藤は朝廷+幕府=公武一和(公武合体)の政策を進め、1860(万延元)11月、皇女和宮(かずのみや)14代将軍家茂(いえもち)に嫁がせることに成功しました。これを尊王の志士は、幕府による政略結婚の押し付けだと見なし、大反発。安藤は開国も進めていましたから、攘夷(外国嫌悪)とも真っ向からぶつかります。とうとう水戸・宇都宮の両藩志士6人が決起し、1862(文久2)年1月、安藤信正を襲撃したのでした。安藤は負傷したものの、無事。しかし、不運にも、駕籠(かご)の後ろから斬り付けられ、背中に傷を負っていました。これを、“後ろ傷は武士の恥”として、嘲笑する声が上がり、身内のはずの幕府役人からも非難され、辞職に追い込まれてしまいます。かなり有能な人物だったようですが、衰運をたどる組織は身内に冷たいものです。
 
これをきっかけに、公武一和が完全停止。やはり公武一和路線の「航海遠略策」を唱えていた長州藩重臣・長井雅楽(うた)も、これまた有能な人物でしたが、尊王攘夷派の急激な盛り上がりを受けて1862(文久2)年6月に失脚、しまいにゃ切腹です。
同時に長州藩では人材登用が進み、松下村塾生の伊藤博文や山県有朋(やまがた ありとも)たちが伸し上がってきます。このあたりの局面は、かなりダイナミックかつ理不尽で、歴史のおもしろさ・怖さが詰まっています。
 
  ~主な参考文献~
古川薫『松下村塾』(講談社学術文庫)
海原徹『高杉晋作』(ミネルヴァ書房)p.105~、123
半藤一利『幕末史』(新潮文庫)p.122
山内昌之『幕末維新に学ぶ現在』(中央公論新社)
 
 

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コメント

No title

なるほどぉ~ この回は 亀ちゃん主役といってもいいくらい

気持ちはいりました。人生の分岐点 難しいですね^^

No title

歴史解説ありがとうございます
しゅーまいさんの書かれたやつを大河に取り入れてもらいたかったんですけどね
亀太郎がなぜ単独で長井雅楽を討とうとしたのか
そういう背景が見れなかったらただの暴走にしか見えなくなってしまうもったいないです。
ALLポチ

No title

録画して見ましたちょっと切なかったです

ポチ

No title

☆サッチさん
ナイスポチありがとうございます(^-^)
亀太郎、地味ながらも奮闘してましたね…!
商人でしたが武士のように立派に自刃して
果てました…!

No title

こんばんは。
いつもながらの解説、とても為になります!
それにしても亀太郎さんは1人で暴発、ちょっと無謀でしたよね。
ドラマ的には盛り上がりましたが、個人的には『え~~』っと突っ込んでしまいました。

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)
松陰のもともとの罪が密航未遂なだけに、
松下村塾の人達の海外志向は高かったようです。
ドラマでも多少描かれてますけども
もっと具体的でもいいと思いますね(^ ^)
長井雅楽のことをもう少し丁寧に紹介しないと
いま一つ亀太郎たちも活きてこないんですよね~

No title

☆ぎいさん
ポチありがとうございます(^-^)
母親の心配を振り切って亀太郎、
自刃してしまいましたね
本当に切ないことですね…!

No title

☆ハニー先輩さん
記事読んで戴きましてどうもありがとうございます(=^▽^=)
亀太郎の暴発、唐突で無謀でしたよね~
でもたぶん偶然なのですが、
土佐の吉田東洋暗殺と同じ
1862年4月に起きた事件なんですよ~…!
何か各地で沸々と煮えたぎっていた時勢だったようです…!

No title

本当に将来のことを自分たちでなんとかしないと血気に流行ったのですね。無理ですがもっともっと話し合いいろんな価値観をかんがえることができたら
と思ったりしてます
いろんな出来事があつたのですね
参考になります
ナイス

No title

☆みっちゃんさん
そうですね、
国を憂えての行動であったとは思いますが
もっと広い見方・価値観があってもよかったのになぁって思います。
激動の時代で大変興味深くはあるのですが
そのぶん非業の死も多かったです

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ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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