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「花燃ゆ」黒船に勝つ気でいた松陰/有名なりたい病

大河ドラマ『花燃ゆ』
 第4回「生きてつかあさい」作:宮村優子
【黒船へ! ~ ふんどしは大事です】
 1854(安政元)年、杉文(ふみ 井上真央)は数え年12歳、兄・吉田寅次郎(松陰 伊勢谷友介)25歳、小田村伊之助(大沢たかお)26歳、久坂玄瑞(東出昌大)15歳。
 
松陰はペルリ(ペリー)の黒船に乗り込もうとしました。盗んだ小舟で海に漕ぎ出したところ、なんと、艪杭(ろぐい)が無い() 艪杭というのは、艪を漕ぐ時の支点になるもので、これが無いと舟は操れません。しょうがなく、ふんどしで縛って固定したのでした() そして、さんざんな苦難の末、ようやく黒船に着いたらそのミシシッピ号という船にはペリーも通訳もいなくて、「あっちの船(ポーハタン号)に行け」と言われる始末() 何がYour hopeww こんなに大真面目なのに大ドジな人も、歴史上珍しいです。
  松陰「怪しいものではない。お頼み申す!」充分怪しいよ、あんた…()。ノー・パンならぬノー・フンドシだし。
 
下田(静岡県)では伊之助が情報収集。牢番の金太郎(実在の人物)「あんな奇妙なお侍は見たことがないね。自分から番所にやって来て、密航の洗いざらいを打ち明けるんだ」
  浦賀奉行所「重ねて尋ねる。そのほう、舟が潮に流され、たまたま黒船に救われただけではないのか?」
  松陰「いえ、ペルリの国をこの目で見んがため、志をもって密航を企てたものでございます!」
 このあたりのやりとりはすべて実話で、奉行所としては面倒だから、偶然の漂流ということにして終わらせたかったのに、当の被疑者松陰が頑として「密航だ」と主張したという…()
伝馬町(東京都中央区)の牢に入れられましたが、大弁舌をふるい、牢名主に気に入られました。退屈な牢屋の中で、松陰の話は壮大だし、そうとうおもしろがられたんでしょう。講談師のような才能もあったのだと思います。で、ふつう、「極刑に処されるかもしれないのに、いいのか?」と思うけども、松陰としては、国を憂う気持ち…というとかっこいいけども、実際のところ要は自分の名前を残すことが重大事だったんですね。
 
 さて、敵役として藩の保守重臣・椋梨藤太(むくなし とうた 内藤剛志)が松陰を追い詰めようとしています。まだ存在感が薄いので、もっと強力な憎まれ役となって欲しいです。松陰は故郷に戻されて野山獄へ。。。
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!
大河ファンのために(=^^=)
【黒船艦隊に勝つ気でいた松陰 ~ 有名になりたい!】
 このドラマの第1回で、軍事演習を指揮る松陰が「こんなんじゃ、いけん(勝てない)とつぶやくシーンがありました。あれは、ウソです。実は、松陰は、黒船艦隊に勝てると思っていました。1854(安政元)年1月、ペリー艦隊が再び江戸湾にやって来た時、松陰は江戸湾沿岸を視察し、「海戦策」という書類を書き、来島(きじま)又兵衛(のちに1864年7月の蛤御門の変で大暴れする長州藩士)を通して藩主に届けています。その書類の中で、松陰は小舟による強襲や敵艦よじ登り~白兵戦などなど、ほとんど戦国時代のような戦術を語っています。陸戦計画も立てていました。これはのちに、やはり1864(元治元)年の8月に勃発した攘夷戦争(下関戦争)で敢行され、散々な結果に終わってます。松陰はすでにこの世にいませんでしたが、まったく罪なものです。
 
3月3日、日米和親条約が締結。同月28日、松陰と弟子第一号の金子重輔(しげのすけ)が小舟で出航。しかし、松陰は「海戦策」という大層なものを書いたくせに、舟を漕げず、金子重輔が漕ぐハメになり、しかも前述のようにフンドシ脱いでの大奮闘となりました。結局、通訳官ウィリアムズに密航の熱意を伝えることはできたものの、アメリカ側としては条約を結んだばかりだし、もしかしたら日本側の何かの策略かもしれない…と深読みされ、浜に送り返されてしまったのでした。
 
そのまま逃げてもよかったのに、松陰は自首。この時を振り返って、松陰はのちに「事毎(ことごと)に必ず敗れ、遇()ふ所必ず逸(いっ)す」と書き残しています。松陰はいいけれど、弟子の金子重輔が気の毒です。
下田から囚人駕籠で護送される際、松陰は「なぜ自分の名前を、貼り出さないのか」などと言って怒ったそうです。要は、名前を売り出したかったのです。のちに松陰はこの「有名になりたい症候群」とも言うべき症状を恥じ、「自分には名を好む病がある」などと書いて反省しています。
さて、松陰は伝馬町の牢屋生活を経て、9月23日に囚人駕籠で故郷へと出発し、1024日に萩城下の野山獄に収監されたのでした。
 
 

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コメント

No title

おやまあ松陰さんて連絡をきしのきょうかしょからうけるいめーじとはおおちがいなんですね。それも楽しい見所になりましたよ
ナイス

No title

☆みっちゃんさん
松陰先生は教科書のイメージよりも
ずっと愉快な感じです(=^▽^=)
とても明るい好青年だったようですよ~

No title

代用に使う褌は、自分じゃなくて金子クンの出させるんだ・・・とか、
当時の軍艦に日本語話せる人はいないだろう・・・とか、

いろいろ突っ込みどころ満載で楽しい大河です♪
ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

おはようございます
来週は松陰のあおりを食った金子の結末が見られそうですね。
ALLポチ

No title

こんばんは。
勝つつもりでそのような策まで献上していたのですね。
確かに戦国時代の様な戦術で、勝つのは難しそうです(^^;

いよいよ実家に戻ってきて、松下村塾への流れですね。

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
いわれてみれば、ふんどし、ドラマの松陰は脱いでなかった気がしますね(笑) 弟子にだけ脱がせるとは、とんだ先生ですねww
ウィリアムズという通訳官は、漂流日本人から日本語を習って、ほんの少しだけ理解できたらしいです。でも、たしかに、話せたかどうかは怪しいですね。
まぁ、ほどよくユルい感じですよね(笑)
男子目線としてはもっと黒船のシーンなどに迫力が欲しかったです(^ ^)

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)
金子重輔はもう少し丁寧な説明や描写が欲しかったですね。
あんまり印象に残りませんでした。
来週の獄中での松陰活躍に期待したいです…!

No title

☆ハニー先輩さん
松陰先生、勝つ気満々だったようです(笑)
黒船はでかい、つまり、的が大きいわけだからこっちの弾がぜんぶ当たる…などという
かなりバカげた考えだったようですww
でも、その程度の戦闘計画さえ、他藩では立てることできなかったというのが、当時の日本の実情でした。

松下村塾の塾生達の活躍を早く見たいですね!

No title

松陰先生、どうも毎回どこかが抜けていますね。
子供の頃、
「頭は抜群にいいんだけど、いつもシャツの裾がズボンから半分出ていた子」
がいました。
もしかしたら、松陰先生の生まれ変わりかもしれません。

No title

☆Sophiaさん
そうですね、
松陰先生は身なりを気にしない性格だったし
どこか間の抜けているところもありました(笑)
最期が斬首だし悲劇のはずですが
どこか人間喜劇的な人生に思えてしまいます。

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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