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「軍師官兵衛」宇留津城の戦/徳川を捨てた石川数正

大河ドラマ『軍師官兵衛』
 第34回「九州出陣」
【九州の攻防、徳川との政略戦】
 1586(天正14)年、黒田官兵衛(岡田准一)は数え年41歳、嫡男・長政(松坂桃李)19歳。
九州攻めの準備が進むなか、5月、蜂須賀小六(ピエール瀧)病没、61歳。
徳川家康(寺尾聰)への政略も同時進行し、関白秀吉(竹中直人)は異父妹の(あさひ)を家康正室に、さらに実母の大政所(おおまんどころ)を人質に出しました。1027日、大坂城で秀吉に家康謁見、これで秀吉の天下がほぼ決まりました。
 
官兵衛は秀吉への臣従を快く思っていない毛利家の吉川元春(吉見一豊)を説得し、ついに九州へ。
11月7日、豊前 宇留津城を攻略しました。同月15日、吉川元春、豊前 小倉城で病没、57歳。
 
 


 
 
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【官兵衛、九州に立つ!宇留津城の戦い】
 豊前には島津側と連合している高橋元種(もとたね)という武将が、香春岳(かわらだけ)に籠もっていました。この城の支城の一つが、宇留津(うるづ)です。
 
1586(天正14)11月7日、毛利勢と黒田勢からなる兵力2万8000の秀吉軍が動きました。宇留津城に一番に攻め込んだのは、母里太()兵衛(もり たへえ)友信。続いて、栗山善助井上九郎右衛門後藤又兵衛のほか、官兵衛の乳兄弟である吉田六郎太夫長利なども武功を挙げ、その日のうちに城を落としました。高橋元種から宇留津城を任されていた城主 賀来(かく)与次郎をはじめとして1000人が殺害され、残る400人近い男女が生け捕られ磔にかけられてしまいました。悲惨です。島津への威嚇でしょうか。。
高橋元種はしばし抗戦を続けましたが、香春岳城を囲まれ、1124日に降伏し許され、日向 松尾城主5万石余に収まっています。
 
【秀吉に引き抜かれた徳川家老・石川数正】
 今回、石川数正の話題が少し出てきました。
石川数正(?~1592)酒井忠次(15271596)と並び、徳川の「両家老」とまで言われた優秀な武将です。「西三河の旗頭」で、まだ家康の幼い頃から徳川(松平)家を率いてきた智勇兼備の大重臣でした。その数正が、1585(天正13)11月、突然秀吉のもとへ逃げ込んでしまったのです。2大重臣のうちの1人が敵側に行ってしまったのですから、徳川家は動揺しました。そもそも、数正は外交も担当し、家康と秀吉の間を頻繁に行き来していました。そうこうしているうちに秀吉に口説かれ、その魅力と実力に籠絡されてしまったようです。または、秀吉びいきになった数正に誰も賛成してくれず孤立したためともされています。いずれにしても、数正が出奔したことで、家康はただ重臣が脱けただけでなく“軍事機密が漏洩した”と判断し、一大軍制改革に踏み切りました。武田家の軍法を大いに採用したのです。このことで、徳川は危機を乗り切りました。家康の危機管理能力の高さが分かります。
 
一方、秀吉の口車のうまさも際立っています。秀吉はよく他家の武将を「日本一の武将」などと誉めそやしましたが、これも恐らくは調略の一種でしょう。いい気にさせておいて、有能な人材を引き抜いたり、他家の主従関係を悪化させようとしていたのかもしれません。
 
石川数正ほどではありませんが、家康の家臣でもう1人、平松金次郎(15601587)という武将も、これは秀吉の甥の秀次に引き抜かれています。1587(天正15)年のことで、この時は家康は討手を放ちました。討手は坂部正定という者で、平松金次郎の返り討ちに遭いました。しかし結局、平松は追い詰められて久能の地で自害しています。
黒田家で言えば、母里太()兵衛が秀吉直参に抜擢されそうになったことがありますが、これも秀吉流のジャブと言えるかもしれませんね。
 
  ~主な参考文献~
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)p.184
編:安藤英男『黒田官兵衛のすべて』(中経出版)p.199
歴史群像シリーズ11号「徳川家康」(学習研究社)p.90
「週刊 再現日本史」織豊6(講談社)
本山一城『黒田軍団 如水・長政と二十四騎の牛角武者たち』(宮帯出版社)p.115
 
 


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コメント

No title

う~ん・・・
今までの反動か、ちょっと地味でしたね。

こちら蜂須賀の殿様ゆかりの地なので少し調べたのですが、
小六の息子も大活躍してるはずなんですが^^;
ちらっともしなかったような・・・。

早く関ヶ原にならないかな。

ぜんぶぽち☆

No title

☆つばきさん
ぜんぶぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
そうですねぇ、合戦シーン、ほとんど無くて
評定(ひょうじょう)でわぁわぁ騒いでお茶を濁しているような感じがしましたね(^ ^;)

蜂須賀小六の息子も大活躍していましたか
それはよく知りませんでした(^ ^)
このあと秀吉が出馬して
高城の合戦というのがあって
そこで官兵衛と蜂須賀家政が共闘していた
記憶があるので、これからまだ出てくるかもしれませんよ~(^ ^)

しかし関ヶ原が待ち遠しいですね(^ ^ゞ

No title

そうそう、そう言えば大政所を人質に出したんでしたね。
なんとも無謀な事をしますよね!

百姓のお母ちゃんがそれなりになっていくので女性は怖いなって(笑)
私ならブチ切れちゃうでしょけどもww

ナイスポチ★でーす!

No title

☆Parlさん
ナイスポチありがとうございます(^∀^)
実の母をほとんど送りつけるような感じで
人質に出す秀吉の覚悟は
さすが常人じゃありませんよね!
家康のほうは“こんな百姓婆さん送ってこられても…”って思って
根負けしたんでしょうね(笑)

No title

こんばんは~~~
’96年だったかな。「秀吉」で石川数正が出てたと思います。
徳川のすべてを知っている男が敵秀吉んとこへ行ったんですから、家康にとっては衝撃だったでしょうね。
上洛ですけど、一見旭や母大政所の人質が原因みたいな感じですが、私は数正の引き抜きが大きかったと思います。ALLポチ

No title

ここのところ詳しくはないのです。
これまでの知識は、吉川英司の徳川家康を向かいよんで、徳川家康のすごさに感心していました。。テレビの家康は品がありませんね
。秀吉と家康の一騎うちの官兵衛がからみ
おもしろいですね
テレビでは家臣の裏切りとあっさりやっていました。
説明をしていただいて理解できました、官兵衛の読みどおりですね
相手の心理や技量を判断しての結果ですね
すごいですね
ないす

No title

見てましたよもちろん
実母を人質にだすのは有名な話ですけど。家康家臣凋落までは
読めませんでした・ナイス

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)
そうでしたね、懐かしの『秀吉』では
石川数正しっかり出ていましたよね(^-^)
天下を争っている時に、家老が敵側に付いてしまったら
状況が厳し過ぎますよね。
確かに、数正の引き抜きが上洛に大きな影響を
及ぼしていた可能性が高い気してきました…!

No title

☆みっちゃんさん
ないすポチありがとうございます(^-^)
吉川英治の小説をお読みになったのですね。
ぼくは吉川作品は読んだことないのですが
子供の頃、松本清張が書いた『軍師の境遇』という比較的短い官兵衛本を読んで、印象に残っていました。それから司馬遼太郎の『播磨灘物語』などを読みました。
秀吉天下以後の話がほとんど描かれていなかったので
大河ドラマでどう描かれてゆくかとても楽しみにしています。
記事読んでくださってどうもありがとうございます(=^▽^=)

No title

☆ぎいさん
ナイスポチありがとうございます(^-^)
妹の無理結婚や実母人質、気の毒なものですよね。
加えて、家康の家老が引き抜かれて大ごとになりました。

No title

回復してた視聴率が落ちたのが気になります^^;

裏番組の影響ならいいんですけど・・・・
九州の役が人気ないのなら寂しい(´;ω;`)ウッ

ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

こんばんは。
この頃の秀吉軍は、結局なつかない人に対して信長的な仕打ちをしてしまっていますよね。

家康家臣団から引き抜いたのは、秀吉の人たらしとしての面目躍如って感じです。

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
視聴率落ちましたか!
本能寺の変が終わって天下統一までまだ間があるというこの時期は
合戦場面の予算も少なそうだし視聴率的にも厳しいのかもしれませんね。
それにしても「九州出陣」の副題で落ちるってことは
九州への関心が意外と低いのかな(゚∀゚;

No title

☆ハニー先輩さん
そうですね、けっこう秀吉にも残酷な仕打ちが見られますね。

秀吉の人たらし、さすがですよね。
その後の石川数正があんまりパッとしないのが
ちょっと気の毒です(笑)

No title

石川数正は謎の多い武将ですよね。歴史家も好意的に評価している人と、そうでない人がはっきり分かれているようで。お城ファンとしては、松本城の基礎を築いた武将としてリスペクトしております
百姓出身で累代の家臣を持たない秀吉からすると、他家の主従関係や重臣・家臣団の結束などが羨ましくもあったのでしょうね。隣りの芝生は・・・ではありませんが、他家の家臣に粉をかけて回っていた秀吉の気持ちも分からなくもありません。ALLポチ☆

No title

☆越前屋平太さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)
石川数正、松本城の基礎を築いた人でしたか(^∇^)
今、武将事典で見たら、和泉国14万石から松本城主8万石と書いてありました。
左遷(?)から国宝の城ができたとは、数奇なものですね。
数正が関ヶ原まで生きていれば興味深かったんですが、死んでしまって残念です。
秀吉にとって生粋の武士をうらやんだり、手駒として使いたい欲求があったのかなぁなどと思います(^-^)

No title

こんにちは♪
まだこの辺りをウロウロしているこの頃です・・・。
家康があ癖のる人物設定なのはいいのですが、何だかただの悪代官風なのが引っ掛かります。
九州平定はさっさと済ませて関ヶ原をじっくりやるんでしょうね。
主役は官兵衛なのに、織田・豊臣・徳川の大スターと同時代なので仕方ないな~。
オールポチ&TBさせてください。

No title

☆風森湛さん
オールポチ&TBどうもありがとうございます(=^▽^=)
家康がいかにも何かたくらんでいるふうなのは、いま一つですよね。
演出に問題ありますね。
九州平定はあっさりでしたが
その直後の豊前一揆は見応えありました…!
官兵衛の大河ならではでしたよ(^ ^)

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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