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「軍師官兵衛」播磨平定/24騎の1人小河信章登場

大河ドラマ『軍師官兵衛』
 第24回「帰ってきた軍師」
【官兵衛、大名になる】
 1580(天正8)年、黒田官兵衛(岡田准一)は数え年35歳。
戦線復帰した官兵衛は、播磨 三木城攻めを再開しました。三木城に乗り込み、「地獄からの使者として参上つかまつりました」 城主の別所長治(ながはる 入江甚儀)達を切腹させ、代わりに城兵は助命したのです。
官兵衛は元 主君の小寺政職(片岡鶴太郎)を捕らえました。が、涙を流して命乞いする政職を斬ることができません。羽柴秀吉(竹中直人)は「そういう男だからこそ、わしは官兵衛を信用できるんじゃ!」
 
9月1日、播磨の論功行賞が実施され、官兵衛は1万石、晴れて大名になったのでした。
さて、官兵衛はかつて有岡城に幽閉されていた時、藤の花を見て希望を見出したことを思い出し、新しい家紋に。。。
 
 


 
 
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歴史ファンのために(=^^=)
【秀吉配下4位の官兵衛】
 1580(天正8)年5月、羽柴秀吉播磨1651万石および但馬(たじま)135000の支配を始めました。但馬は弟の羽柴秀長に任せ、秀吉自身は播磨51万石の中から家臣団に領地分配しています。最多石高の武将は蜂須賀小六(ころく)正勝で、龍野(たつの)城5万3000を得ました。次は、前野長康で、三木城3万2000。続いて、浅野長政2万石。そして、官兵衛1万石となっています。蜂須賀正勝と前野長康は秀吉の無名時代からの付き合い。浅野長政はのちに豊臣5奉行の1人になるほどの武将です。官兵衛は秀吉と付き合いが短く、まぁ順当な待遇と言っていいでしょう。なお、9月1日というのは、秀吉による知行宛行(ちぎょう あてがい)状が正式に出された日です。
 
【意外なところに黒田24騎の1人が…!】
 小寺政職(まさもと)をそそのかしてきた家老の1人に、磯部勉が演じる小河(おごう)良利という武将がいました。とうとう御着(ごちゃく)から逃げ出し、
「殿にみな見切りを付けておるのだ。…わしはどうなってもよい! が、せめてこの信章(のぶあき)だけでも、何とか召し抱えてくださらぬか!」(信章は良利の弟)
 こうして黒田家に仕えることになったのが、小河伝右衛門 信章です。何と、れっきとした黒田24騎の1人です。信章はのちに九州平定で活躍し、5000を与えられています。で、驚くべきことにこの時、兄の良利にも別口で1400が与えられているのです。
前に書きましたが、官兵衛は小寺政職の嫡男・氏職(うじもと)も引き取って400の客分扱いをしています。自分を陥れ、殺そうとした者達に対し、かなりの温情です。官兵衛はよほどのお人よしだったのかもしれません()
 
しかも、呆れたことに、小河良利の子孫は明治まで命脈を保ったのです。小河良利は主君小寺政職に翻弄されただけで本当はいい武将だったのかもしれませんが、それにしても、ずうずうし…いや、明治まで続いたんだから今もご子孫がいるかもしれません、ヘタなことは書けませんww
 
さて、小河信章。朝鮮出兵時にも活躍しています。1593(文禄2)年、官兵衛の息子・長政が白川(ペクチョン)城に籠もり、小河信章は竜泉(リョンチョン)城を預かっていました。平壌(ピョンヤン)にいたのが小西行長で、兵力4万の明軍に敗れ竜泉に後退。この時、小河信章が100挺の鉄砲を駆使して敵軍の進行をとめました。しかし、兵力差はいかんともしがたく、小西行長が漢城(ソウル)への退却を提案。すると、小河信章は「主君の命令無しには退けませぬ」と、聞き入れません。長政がそれを聞きつけて出兵を決意し、白川城を巡り必死の戦闘を繰り広げたのでした。小西行長は「日本一の大将は黒田長政、日本一の勇士は小河信章」とまで激賞し、これを伝え聞いた秀吉は誉めた上で帰国を命令。その帰国途中、残念ながら、対馬の鰐ノ浦(わにのうら)という場所で信章は死去しています。享年40の若さでした。
 
  ~主な参考文献~
小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)p.108
本山一城『黒田軍団 如水・長政と二十四騎の牛角武者たち』(宮帯出版社)p.141
渡邊大門『黒田官兵衛』(講談社現代新書)p.47
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
 
 


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コメント

No title

黒田24基のことは知りませんでした。だからなぜここで・・と小河宣章がでてくるのかと・・寛大なればこそ、その義に感じて勇猛果敢な家臣が集まったのでしょうか
そんなきもしますね。
ないす!

No title

こんばんは~~~
信章は黒田24騎衆になるのですね。小寺の嫡男も官兵衛が引き取りますよね彼は敵だった家族を受け入れる習性があるようです。
朝鮮出兵はず~~と先になりそうですね。
ALLポチ

No title

こんばんは。
ドラマを観ているだけだと『え~~』って感じですよね。
官兵衛さんはお人好しというよりも、逆に計算高いから召抱えた気がしちゃいます。
使えなければ捨てればいいし、今捨てなくても・・・的な(笑)

No title

☆みっちゃんさん
ないすぽちありがとうございます(^-^)
今年の初め頃は、実は 黒田24騎が続々と出てくる気配があって
筆頭格の栗山善助や母里多兵衛が登場して
たった1度だけ「黒田24騎」という言葉も出てきましたが、
その後、忘れられています(笑)
朝鮮出兵の時に組織編制されると思うので、そのうちに改めて出てくるかも。

たしかに、黒田家は寛大さと義を重んじる家柄のようなので
それを慕って人々が集まってきたのではないかと思えますね(=^▽^=)

No title

☆とん子さん
ALLポチありがとうございます(=^▽^=)
小河信章…、あまり出番無さそうだし
朝鮮であっさり討ち死にさせられそうな気がしてます(゚∀゚;
まぁ、出てきたのは確かだから、よかったです。
小寺氏職、黒田家の客分扱いとなりました(^ ^)

敵だった大名や国人をいかにうまく味方に組み込めるかは大変大事なので
その点では官兵衛は信長よりもずっと優れていましたね…!
朝鮮出兵や関ヶ原にもしっかり時間を当てられるといいのですが~

No title

☆ハニー先輩さん
信長があんなに情け容赦無いのに
小寺政職と腰巾着の小河が助かるなんて
その対比が理不尽に感じましたね(笑)

たしかに、官兵衛は計算高かったのかもしれないですね。
もとが小さな家なので、どんどん人を入れて拡大していかなければならなかっただろうし
使えそうな武将や国人はひとまず誰でも受け容れたのでしょうかね(^ ^)

No title

徳川家康も今川家を高家として存続させてるので、
主家を滅ぼしても、何らかの形で命脈を繋げるべきって道徳観があったのかもしれません。

龍造寺隆信も少弐の系列の男子を従軍させてました。
ただ隆信自身が打ち取られた沖田畷の戦いで、少弐末孫も戦死しちゃった^^;

ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

うーーんここまで深くは見てませんでした、ナイスです

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
なるほど、たしかに言われてみると
高家につながる道徳観があったように思えますね。
龍造寺軍に少弐末孫が従軍していましたか!
何かと名目が立つのかもしれませんね。
大変参考になりました(^-^)

No title

☆eigekaiさん
大河では黒田24騎が重要なようなそうでないような、
小出しで微妙な登場の仕方をしています(笑)

No title

小寺政職、信長が相手だったら、確実に命を落としそうですね…

黒田24騎、TOP3以外はなかなか馴染みがなかったのですが、いい勉強が出来ました。

No title

☆Sophiaさん
荒木村重の一族が悲惨な目に遭い、別所長治が切腹し、
小寺政職はそのどちらにも関係していたんだから
信長本人が出てきていたら機嫌次第で斬られていたかも(゚∀゚;?
黒田24騎には官兵衛の弟達とか後藤又兵衛も含まれています(^-^)

No title

こんにちは♪
小河の描き方が少し「水戸黄門的ドラマ」過ぎたんじゃないでしょうか。
あれじゃちゃっかり過ぎますよね。どの面下げて黒田に来れたんだ?・・・です。
子孫の方は脚本に一言 言いたいんじゃないでしょうか(笑)。
こちらからもTBさせてください♪

No title

☆風森湛さん
ナイスポチとTBどうもありがとうございます(=^▽^=)
小河良利、そうとうずうずうしいことになってましたね(笑)
水戸黄門的ですか、なるほど。
実際の小河家はもっといい人々だったんじゃないかという気はしますね(笑)

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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