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「軍師官兵衛」史上稀な大成敗~その後の荒木村重

大河ドラマ『軍師官兵衛』
 第23回「半兵衛の遺言」
【官兵衛生還! しかし戦線復帰は?】
 1579(天正7)年、黒田官兵衛(岡田准一)は数え年34歳。
織田信長(江口洋介)に謀反した有岡城が、1016日、ついに陥落しました。官兵衛は重臣の栗山善助(濱田岳)たちによって土牢から助け出され、妻・光(てる 中谷美紀)息子・松寿丸(若山耀人)らとも涙の再会を果たします。が、長期監禁ですっかり衰弱。有馬温泉で養生することに。思うようには回復せず、足が不自由なままでしたが、竹中半兵衛(谷原章介)の遺志を継いで戦線復帰しました…!
 
 


 
 
 大河がもっと分かる!
歴史ファンのために。。。
【日本史上稀に見る大成敗 その後の荒木村重】
 1579(天正7)1213日、有岡城人質妻女122が尼崎(あまがさき)に近い場所で磔(はりつけ)に掛けられ、銃殺・刺殺が敢行されました。滝川一益(かずます)・蜂屋頼隆丹羽(にわ)長秀の3名が執行させられました。続いて、それよりも身分の低い武士の妻子と侍女388人、その従者(武士)など124人、500人以上がまとめて家4軒に押し込められ、焼き殺されました。明智光秀のところに荒木五郎右衛門という者が妻の助命嘆願に駆け込んできましたが、やむなく夫婦ともに成敗。最後に、1216日、荒木村重の妻ダシをはじめとする身内の者達36が京都市中を引き回しのうえ次々と斬られていきました。成敗担当奉行は、越前衆の不破光治前田利家佐々成政原政茂金森長近の5名。
 
ダシは名高い美女でまだ数え21歳でしたが、乱暴に車に乗せられ、最期には車から降りて帯を締め直し、髪を結い直し、小袖の襟(えり)を後ろへ引いてうなじを出し、毅然として首を斬られました。このように、身分ある者は堂々たる最期を遂げたものの、侍女や召し使いの女達は泣き叫び、哀れこのかたなかったそうです。織田信長の一代記である『信長公記』にも、「生便敷(おびただしき)御成敗、上古よりの初めなり」、つまりこのようなむごい斬罪処断は日本史上初のことであると記されています。
 
有岡城を脱出した荒木村重は尼崎城に移って抵抗を続けましたが、さらに花熊城へ移動。花熊城は池田恒興(つねおき)とその子・元助&輝政に攻められるなどし、1580(天正8)年7月に落ちました。が、この時も荒木村重は脱出。毛利家を頼って備後 尾道(びんご おのみち)あたりに潜伏していたようです。放浪し、信長死後は茶人となって秀吉に仕えました。秀吉としては、かつて信長のもとでともに苦労した同僚ということで、意外と親しみがもてたのかもしれません。ただ、ある時、荒木村重は高山右近のことを悪く言ったことがあって、秀吉の機嫌を損ねたらしいです。荒木村重は有岡籠城時に自分を見限った高山右近を、憎んでいたのでしょう。なお、剃髪し筆庵道薫(ひつあん どうくん)と名乗り、千宗易(そうえき 利休)の弟子としても知られています。1586(天正14)年、死去、享年52。自害したという説もあります。数奇な一生でした。
 
  ~主な参考文献~
小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)p.308
太田牛一/訳:中川太古『現代語訳 信長公記』新訂版 下(新人物往来社)p.120~、143
校注:奥野高広・岩沢愿彦『信長公記』(角川文庫ソフィア)p.306
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
祖田浩一『事典 信長をめぐる50人』(東京堂出版)
監:奈良本辰也『新名将言行録』(主婦と生活社)
 
 


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コメント

No title

今晩わ。軍師官兵衛。23話は私もあまりに悲し過ぎて番組終了後も泣いていました。信長の冷徹残忍さが頂点に達した荒木一族の斬罪でしたね。

No title

こんばんは。
戦国の世とはいえ、さすがに酷い仕置きでしたね。
とりあえず官兵衛さんが元気を取り戻したのが救いの回でした。

No title

☆kojimanikkoさん
荒木一族、悲惨な末路でしたね。
それだけ信長の思いと怒りが大きかった上に
権力も絶頂だったのでしょうね。
恐ろしいことです!

No title

☆ハニー先輩さん
信長の行動は人道的にも問題あるし
並の大名ならば反発が怖くてとてもできない仕置きでしょうね。
官兵衛の新しい仕事がどうなるのか期待ですね…!

No title

てき、特に裏切りに対しては根絶やしにしないとどんな禍根を残すかわかりません。信長に限らず、平家の落ち武者がりとてそうですものね。後の人間がその感覚であれこれいうことはできません
テレビでは、荒器村重はいく方しれないとおわってていましたね

ないす!

No title

☆みっちゃんさん
ないすぽちありがとうございます(^-^)
平家の落ち武者狩り、厳しそうな印象ありますね。
ただ恐らく、非戦闘員まで執念深く大量殺害したのは
やはり信長が筆頭だと思います。
当時の人も、どうやらそういう認識で、目撃者(やじうま)も涙にくれた…
と記載されているくらいなんです。
ぼくは信長好きですが、やっぱりやり過ぎた人だったなぁと思います。

No title

こんばんは~~~
私もねえ~~~荒木村重の今後にびっくりしました(笑)
村重が茶器を持っていくあたりは伏線なんだな~~と思いました。
今更ながらだけど千利休が出てきますので、後にその場面がでてくるかもしれませんね。ALLポチ

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(^∇^)
荒木村重、茶人としては一流でしたが
武将としても一流の道を歩んでいたのに
残念な結果に終わってしまいましたね。
千利休、なかなか登場しなくて じらされますね…!

No title

大河だと「遥として知れず」ってナレだったから、
あれ?って思ったんですけど、再登場するかな~

いい俳優さんだから、出してほしい^^
ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

見てましたよだし 始めとする 斬首-の下り
荒木村重が 茶人に成ったのは知ってましたが 秀吉に使えたのですか@@アー又日曜日が楽しみナイスです

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)
そうですね、ドラマでは行方知れずになっていましたね。
これからまた登場するかしないかでだいぶ違うので
気になるところですね…!
再登場を願いたいです(^ ^)

No title

☆eigekaiさん
ナイスポチありがとうございます(^-^)
荒木村重、どんな心境で秀吉に仕えたのか
気になりますよね。
官兵衛が戦線復帰してこれからまた楽しみですね!

No title

やっと録画を見終えました。
とても激しい成敗だったんでしょうね…

No title

☆Sophiaさん
この時の成敗は信長側の正式記録に詳細が記されて
人々が嘆き悲しんだ様子も書かれているので
そうとうひどかったという事実が生々しく
現在の私達にも訴えかけてきますね。。。

No title

こんにちは♪
やっと第1回からここまでの記事を全て拝読できました。
分かり易く詳しい解説で大変勉強になります♪
分かっちゃいるけど、今後の展開が楽しみですね。

No title

☆風森湛さん
なんと…、こんなたくさんの記事をまとめて読んで戴きまして
本当にありがとうございます
大変嬉しいです(=^▽^=)
本能寺の変で大きな一区切りが付いて
これからますます楽しみですね…!

No title

遅ればせながら、「ひょっこり名物茶道具男」繋がりでTBさせて頂きますね。
宜しくお願いします。ポチ☆

No title

☆Sophiaさん
ポチとTBどうもありがとうございます(^-^)
いつもおもしろい記事、堪能させて戴いております(=^▽^=)

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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