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「軍師官兵衛」英賀合戦/信長も危機、天王寺砦の戦

大河ドラマ『軍師官兵衛』
 第10回「毛利襲来」
【信長にも認められた官兵衛の英賀合戦活躍】
 1576(天正4)年、黒田官兵衛(岡田准一)は数え年31歳。
2月、足利義昭(吹越満)は巻き返しを図ろうと、毛利輝元が治める備後(びんご)の鞆(とも)ノ津に居を移しました。織田家に付いた官兵衛たちは狙われることとなります。5月、官兵衛らが守る姫路城にほど近い英賀(あが)という浜に、毛利の大軍5000が船で押し寄せ、上陸してきました。その数の多さに思わず身震いする官兵衛。こちらは兵数1000にも満たず、正攻法では勝ち目がありません。官兵衛の策は…。敵勢が油断しているところに奇襲をかけ、さらに領地一帯から駆り集めた農民に一斉に旗を揚げさせ、大援軍が来たように見せかけたのでした。毛利軍は慎重を期してか、退却。官兵衛は見事、毛利撃退に成功したのです。君臣領民・老若男女が一体になっての勝利でした…!
 
信長は大いに喜び、この時点で播磨進攻の最有力武将だった荒木村重にあてて黒印状(公文書)を出しています。その黒印状で信長は官兵衛の主君・小寺政職(こでら まさもと)および官兵衛の活躍を讃え、政職へは改めて別に書状を出したのでした。官兵衛には荒木村重から書状が送られました(なお、最近の研究では、英賀合戦は1577天正5年5月との説が有力です)
 
一時的に勝利したものの、英賀合戦において毛利家と本願寺は手を結んでおり
これから織田側に対する攻勢が激化するのは必死なのでした…!
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【信長も危なかった天王寺砦の戦い】
 今回、ドラマで信長が銃撃を受ける場面がありました。あれは、1576(天正4)年5月に勃発した、天王寺砦の合戦での実際の出来事です。
 
5月3日、織田軍は本願寺軍を叩き潰すため、摂津大坂の木津口に近い三津寺(みつでら)へ向かって進撃。先陣が三好康長(笑岩)と根来(ねごろ)・和泉の軍勢で、二陣は(ばん 原田)直政と大和・山城の軍勢でした。三好笑岩は1582(天正10)年に信長から阿波一国を与えられることになるほどの武将です。塙直政はすでに山城・大和の守護兼務を命じられ、明智光秀・羽柴秀吉・村井貞勝(京都所司代)らに並ぶ重臣中の重臣と見られていました。ところが、この時の織田軍は本願寺の1万もの軍勢に包囲され、数千挺とも言われる鉄砲で猛攻を受けることに。塙直政はあえなく討ち死に…!
本願寺勢は余勢を駆って、織田軍の天王寺砦を攻め始めました。天王寺砦には、佐久間信栄(信盛の長男)明智光秀らが籠もっていました。
 
5月5日、信長は危機を知り、湯帷子(ゆかたびら)を着ただけの軽装でわずか100騎ばかりを引き連れ、出陣。急な出陣のため、武将はいるのに雑兵や人足が足りません。が、籠城者からは「もう3日間も支え切れない」という悲痛な声が…! すると、5月7日になって信長は出馬し、1万5000にもなった本願寺軍を相手に、3000程度の兵力で立ち向かったのです。
先陣は佐久間信盛松永久秀細川藤孝(幽斎)ら、二陣が滝川一益蜂屋頼隆羽柴秀吉丹羽長秀など。そして、信長は先陣の足軽に混じって駆け回り、指揮を執りました。ここで信長は足に銃弾を受けてしまったのでした! が、幸運にも軽傷。しかし、本願寺勢からはまたもや数千挺の鉄砲による銃撃の嵐が…! 信長たちはなんとか天王寺砦の味方と合流できたものの、武将達は「味方は少数、合戦は控えましょう」と弱気です。それでも信長は「ここまで詰め寄ることができたのは、天の与えた好機だ」と叫び、攻撃再開。とうとう敵を追い返し、逆に追い詰め、何と2700余りもの敵兵を討ち取ったのでした。
 
 武田勝頼に勝った長篠の合戦(1575天正3年5月)のあとも守りに入らず、これほどの修羅場を潜り抜けているところが、信長の偉大な点と言えそうです。また、長篠の合戦の時は信長のほうが鉄砲を大量投入したので勝ったのが当たり前のような気もしますが、逆に大量の鉄砲を駆使した相手に立ち向かって勝ってもいることが分かり、やはり信長の勝負強さが際立っています。
 
  ~主な参考文献~
小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)p.46
編:安藤英男『黒田官兵衛のすべて』(中経出版)p.181
渡邊大門『黒田官兵衛』(講談社現代新書)p.72
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
谷口克広『信長家臣団事典』歴史群像シリーズ27号「風雲 信長記」特別付録(学習研究社)
別冊 歴史と旅「織田信長 生涯すべての戦い」(秋田書店)
校注:奥野高広・岩沢愿彦『信長公記』(角川文庫ソフィア)p.208
太田牛一/訳:中川太古『現代語訳 信長公記』新訂版 下(新人物往来社)p.21
 
 


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コメント

No title

こんばんは~~~~
詳しい解説ありがとうございます
おねの酔っぱらいエピや善助の恋バナよりも毛利&本願寺のほうに時間を割いてもらいたかったです
ALLポチ

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(^-^)

おねの話はこのドラマでは本筋じゃないし
毛利家・本願寺のほうを見たかったですね!
善助の恋話をやったからには
母里太兵衛や井上九郎右衛門のもやるんですかねぇ(笑)

No title

こんばんは。
毛利の大軍に勝利、良く勝ちましたよね。
それよりも善助の恋物語の方が気になります(笑)
なんかあやしい雰囲気もあったり、あの女の子が間者なのか気になります。

ここからの数年は、本当に信長にとっても正念場でしたよね。

No title

☆ハニー先輩さん

毛利が強硬に攻め込んできていたら
危ないところでしたよね。
善助はどうなるのでしょうね、
あの彼女が間者だったら黒田家、窮地に陥るかもしれませんね!

長篠の合戦で天下の趨勢が決まった印象もありますが
けっこう正念場が続きますよね…!

No title

やっぱり歴史に名が残る人はたくさんの幸運が重なって勝利していくんですね。

物語で見てるとどうなるかもわかっているので安心して見れるけどこれが人生だったら冷や冷やの連続ですよねー!

やだやだ(笑)

なんか秀吉の我こそが秀吉みたいな態度がどーも気になっちゃってちょいちょいイラついちゃって(笑)

オールポチポチです★

No title

☆Parlさん
オールポチポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

たくさんの幸運と協力者と
本人の覚悟のようなものが合わさって
有力武将は伸し上がってゆきますね…!

信長の一生は本当に冷や冷やの連続だったと思います。
で 結局 冷や冷やしたまま死んじゃったという…(笑)

秀吉はお調子者の面があるし
敵対した人達はそうとうイラついたかもしれませんねww

No title

うーーー見損ねちゃって内容が判らずボッチ^^;

ALL(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

ついに官兵衛が信長に認識された合戦でした…!
早く九州方面の武将も出てくるといいんですけどね~。
まだまだなかなか…(^ ^)

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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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