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「軍師官兵衛」正室の存在感/黒田と織田の温度差

大河ドラマ『軍師官兵衛』
 第8回「秀吉という男」
【人は道具か宝か】
 1575(天正3)年、黒田官兵衛(岡田准一)は数え年30歳。
7月、官兵衛は岐阜城にて織田信長(江口洋介)に拝謁しました。天下の状勢を述べ、信長の面前で地図を広げ、御着・姫路の重要性や播磨の現状を説明。そして、しかるべき大将を遣わしてくれれば、みな織田家の味方となり、「それがしが播磨一国を説き伏せてご覧にいれます」と豪語しました。それを聞いた信長は名刀「圧切(へしきり)を手にし立ち上がったかと思うと…、官兵衛に惜しげもなく与えたのでした。官兵衛、気に入られたようです。
 
そこに、羽柴秀吉(竹中直人)が遅れてやってきて、仕事の報告です。瀬田の唐橋(からはし)の普請(ふしん)はあと3カ月で仕上げてみせまする、「心・配・御・無・用!」と、18年振りの台詞も登場。官兵衛はこの秀吉と組んで播磨平定・毛利攻めに挑むことになったのでした。
 
信長は正室のお濃(のう 内田有紀)に明かしました。「猿は一番使いやすい道具だ。…これで権六(ごんろく 柴田勝家)は北国(ほっこく)にかかりきりになる。(明智)光秀は目の色を変えて丹波を攻めたいと言ってきよった。…あやつら、猿めが手柄を挙げることに我慢ならんのだ」 家臣団を道具として操り、官兵衛のことも「良い道具」として見ているのでした。
 
一方、秀吉は…「人こそ宝。戦わずして勝つ。それが一番じゃ」
官兵衛も同感し、手を携えてゆく思いを強くしたのでした。
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【おねは秀吉に意見できたのか?】
 今回、秀吉の正室・おね(黒木瞳)がこんなことを言いました。
「ときにお前さま。領民から運上金をお取りになるとか。…なりませぬ。損して得取れ。目先の金より先を見据えることが肝心。今は領民の心をつかむのです」
 本当に大名の妻がこんな重要事に意見を言えたのでしょうか…?
 
実は、この一件に関する手紙が残っています。長浜の町人への「諸役免除」を止めようとしていた秀吉が、おねの意見を受け入れて諸役免除を続けることにしたという内容です。その手紙は、おねの女房(侍女)の「こほ」に宛てて書かれたものですが、当時のこの種の手紙は関係者に公開されることが多く、奉行達も目にするものでした。手紙はおねの意見を尊重して書かれ、読んだ者もおねに充分配慮するように仕向けられていたことが分かります。この例のように、当時の武家の妻は重要な発言権を持っており、重視されたのでした。
 
【黒田家と織田家の温度差】
 今回のドラマ冒頭、官兵衛が信長に拝謁した場面は、黒田家が編纂した『黒田家譜』に記されています。が、信長の一代記『信長公記』では、この時 官兵衛が来たことに一言もふれていません。どうやら信長側近は、この時の官兵衛の来訪をまったく重要な出来事と捉えていなかったようです。
 
なお、『黒田家譜』で官兵衛が播磨の国情を説明するシーンでは、官兵衛は「播磨の国士、明石の明石左近(官兵衛の従弟の明石則実?)、高砂の梶原平三兵衛 景行なども、……やがて味方に参るはずです。同国志方(しかた)の城主・櫛橋左京進(くしはし さきょうのしん)は、拙者の縁者なので、我ら相談するにおいては異議あるはずもないでしょう」などと発言しています。ドラマでは明らかに反目してますが、実際には官兵衛は櫛橋左京進を信用しきっていた(あるいは説得に自信があった)ことが分かります。今後の二人の関係に注目です…!
 
  ~主な参考文献~
『NHK 極める! 杏の戦国武将学』(日本放送出版協会)p.140
小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)p.40~、81
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
 
 


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コメント

No title

こんばんは~~~~
現代の夫婦と戦国時代の夫婦は違いますからね。
おねは妻としても、また天下人秀吉の正室として、政治的な才能はあったと思います。各大名から慕われていたし。
ポチ

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^-^)

おねは特に才覚があったようですね。
他の武将の妻もそれなりしっかりしていたのだろうと思います。
武家妻たちの一般的な傾向気になるのですが
知識がありません(^ ^ゞ

No title

黒田家譜は・・・やっぱ家譜ですからネー(*´・д・)(・д・`*)ネー
藩祖である黒田如水を褒めちぎってます( ̄ko ̄)

逸話だけ拾ってると、若い頃の「心配御無用な秀吉」と「播磨はワシが説得のクロカン」はタイプ的に似てますよね(*´pq`)プププ

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

こんばんは。
今週は信長の『道具』と秀吉の『宝』という対比を見せたかった回ですね。
ここでこのお話をいれるのは、やはり後の荒木村重に対する前振りでしょうか。

それにしても半兵衛の“試し”がどんなものなのか、来週も面白そうです!

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

やっぱり家譜はその家のいいこと尽くめの内容なのですね(^ ^)
一家に一冊、家譜は書き遺しておきたいものですね…!

たしかに秀吉と官兵衛は似ている面がありますね。
官兵衛もけっこう大風呂敷な感じだし、
一人舞台なようで、
官兵衛と対立した小寺家臣の気持ちも分からないでもないです^ ^

No title

☆ハニー先輩さん

信長と秀吉の価値観の違いが分かりやすく描かれていましたね。
そうですね、荒木村重の心が信長から離れることや、官兵衛をいちおう生かしておいたこととかとも絡めてくるのかもしれませんね。

半兵衛が人を試すような奴だとは思ってませんでした(笑)
どんな試練を課してくるのか、期待ですね!

No title

「心・配・御・無・用!」から、18年も経っていたんですね。
ある意味、滝川クリステルよりも早くから言ってたのかも(笑)。

No title

☆Sophiaさん

もう18年も経ったかと思うと愕然とします。
そうですね、滝川クリステルのやつと似てますね…!
竹中秀吉は縦書きで滝川クリステルは横書き
という違いがありますけども(笑)

No title

武家の妻。結婚しても、実家の姓のままだったし。北条政子とか、日野富子とか。実家の一族の代表として、力があったのではないかな。夫の側も、妻の一族の勢力と同盟するような気持ちで結婚していたのではないかしら。

No title

☆saihikarunogoさん

いわれてみると たしかに北条政子と日野富子は実家の姓のままですね。
おねやお江やお市とかは、なぜか姓を付けて呼ばないです。
それから、細川ガラシャの場合は嫁ぎ先の姓ですね。
何か決まりがあるのでしょうかね。
いずれにしても おっしゃるように妻は実家の代表者として嫁いでいったのでしょうね。
まさに政略結婚ですが 秀吉とおねの場合は 恋愛結婚だった点が稀少です。

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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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