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「八重の桜」利休~八重と続く茶道/東照宮神官頼母

大河ドラマ『八重の桜』
 第50(最終回)「いつの日も花は咲く」
【わだしはあぎらめねぇ】
 1894(明治27)年、八重(綾瀬はるか)は数え年50歳。
日清戦争が始まり、八重は広島陸軍予備病院にて、看護婦達の先頭に立って働いていました。敵である清国の兵士も治療します。
  八重「赤十字の看護に敵も味方もねぇから。ジュネーブ条約で清国のケガ人も助けると約束してんです」
 衛生兵が「手を出さんでください、病院は戦地も同じ、ご婦人がしゃしゃり出る所ではない」と言えば、八重は「戊辰の戦の時も、看護は女子(おなご)の仕事でしたよ」 戊辰戦争の話を持ち出されては、若い衛生兵は黙らざるをえません。八重の貫禄勝ちです。
 
徳富蘇峰(中村蒼)「国民新聞」の記者として取材に来ました。八重が「勇ましい戦闘の話ばかりでなく、コレラや赤痢で亡くなってる方々が大勢いることも書いてくなんしょ」と言うと、蘇峰は読者が期待する士気鼓舞の記事を書くとし、「この戦は、もはや軍だけのものじゃなか。国民全体の戦ばい」と答えました。いい悪いは別として、蘇峰は戦争の変容を的確に捉え、大衆の期待をつかみ取っていたのでした。
 1895(明治28)年3月、日清戦争は日本勝利で講和条約調印へ。。。
 
その後、母や義母らが亡くなり、八重は一人に。茶の湯に没頭し、「一服のお茶の前ではどなたとでも真っ直ぐに向き合える。互いに心を開き敬い合って…」と、「和敬清寂」の心持ちを堪能していたところ、賞勲局からの通知が…。「勲7等に叙し、宝冠章を授ける」というものでした。看護指揮が認められたのです。叙勲は民間女性では初めての快挙でした…!
 
 
 八重がふるさと会津に赴き、懐かしの桜の大木に登ろうとしていると、元会津藩 筆頭家老の西郷頼母(たのも 西田敏行)と再会!
  頼母「戊辰以来、わしのまなこに焼きついたのは、何ぼ苦しい時でも懸命に生きようとする人の姿…。八重…、あの戦からすっくと立ち上がって、勲章まで戴くとは、立派な会津の女子だ!」
 幕末から始まって、明治半ばまでが舞台となる大河は近頃珍しいし、八重がしっかり活躍して見応えありました…!
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【利休から八重へと続く茶道の縁】
 1894(明治27)年から、茶道に熱中しだした八重。
実は、八重の実家である山本家は、家系的に茶道と深い縁がありました。先祖の山本道句と山本道珍が茶人だったのです。道句は、利休七哲としても名高い古田織部(ふるた おりべ)の高弟で、徳川家康・秀忠に仕えました。道珍は(小堀)遠州流の茶道師範で、会津藩祖の保科(ほしな)正之のもと、藩の茶道頭に任じられています。
 
また、会津の地そのものが茶道と縁があり、もう一人の利休七哲・蒲生氏郷(がもう うじさと)が数年間治めていました(92万石)。氏郷は、豊臣秀吉の天下統一翌年、1591(天正19)年2月に千利休が切腹を命じられた際、利休の息子の少庵を保護しました。この少庵の子・宗旦(そうたん)が、武者小路千家・表千家・裏千家という三千家の基礎を築きます。
 
これらの流れを略記すると、千利休~蒲生氏郷~古田織部~小堀遠州~山本道句~山本道珍~山本(新島)八重というふうになります。
 
 さらに、八重は1872(明治5)年、女紅場勤務時代に、裏千家11代 玄々斎の娘・猶鹿(ゆか)と同僚で、その猶鹿の子供が裏千家13代 円能斎になります。八重は1895(明治28)年、数え51歳の時、23歳の円能斎に師事しています。
 
【日光東照宮の神官となった西郷頼母】
 会津大殿の松平容保(かたもり)は栃木県日光市の日光東照宮の宮司になりましたが、実際は東京で暮らしていました。実務を行なっていたのは、禰宜(ねぎ)西郷頼母です。このかつての主従二人が顔を合わせることはありませんでした。頼母は福島県棚倉町の都々古別(つつこわけ)神社、同県霊山(りょうぜん)町の霊山神社の神官も務めています。
 頼母は1899(明治32)年、70歳にして会津若松に移住しています。再婚しましたがやがて別れてしまったそうです。移住の4年後、亡くなりました。苦渋に満ちた人生を、生き切りました。
 
 
  この1年間、読んで戴きまして、どうもありがとうございました…!
 
 
  ~主な参考文献~
吉田曠二・坂井誠『八重・襄・覚馬 ‐三人の出会い‐』(芸艸堂)p.91
星亮一『会津戦争全史』(講談社選書メチエ)p.240
 
 


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コメント

No title

松平容保は日光に三回来て、西郷頼母と歌を詠んだ。頼母は「晃山叢書」(全十一巻)の編纂事業を成し遂げ、最大の功績です。後妻と離婚したのは講道館西郷四郎の実母ではないからでしょう。その後四郎の実母の可能性があり、側女になった女性は亡くなり、故郷会津へ帰った。頼母は140センチの身長で、唯一立った写真は西郷四郎資料館、日光にあります。どういうわけか、「ヒストリア」でも公開されない不思議さがあります。

No title

こんばんは。
波乱万丈の生涯でしたね。
会津の、しかも女性初の叙勲、会津の方々は晴れがましい気分だった事でしょう。

最後に実際の八重さんの映像も流れていましたね。
素敵なおばあさまでした。

No title

☆池月映さん

松平容保と西郷頼母が日光で歌を詠み合っていましたか…!
それは全然知りませんでした。
情報ありがとうございます…!
頼母は編纂事業でも活躍したのですね。
女性関係はそれなり理由があったんですか。。。
頼母の写真、テレビ公開されなかったとは、気になりますね。
借りられなかったんでしょうかねぇ…?

No title

☆ハニー先輩さん

本当に波乱万丈の一生で、見応えありましたね…!
女性初の叙勲は、会津の人々はもちろん
女性全般に勇気を与えたでしょうね(^∀^)

八重さんの写真と、動画映像まで残っているのは
驚きでしたね。闊達な感じでした…!

No title

視聴お疲れ様でした
西郷は会津戦争以降容保と会うことはなかったのですね。
山本家と茶道が関係があることは知りませんでした
来年も黒田官兵衛でよろしくお願いします
ALLポチ

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(^-^)

幕末から明治中盤にわたって充実した視聴ができましたね…!
すみません、最初のコメントの池月映さんによりますと、
松平容保は日光に3度来て、西郷頼母と歌を詠み合ったそうです。
仲が悪かったのかと思ってましたが、
必ずしもそういうわけじゃないようですね。

黒田官兵衛に期待ですね…!

No title

八重の先祖が「へうげもの」の弟子だったとは~( ゚д゚)ンマッ!!

そういえば薩摩の西郷と会津の西郷は同族なんですよね。
まるで戦国時代のように、同族が敵味方になったとは武士の世の終わりに相応しい運命かもしれません。

一年間。視聴お疲れ様でした。
ここで予習復習するのが、毎週楽しみでした^^
来年の黒田如水も期待してます(^ -)---☆Wink

自分は、たぶんイライラして冷静な記事は無理,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

八重の先祖、なかなかすごいですね(^ ^)

薩摩の西郷と会津の西郷が同族でしたか~
ずいぶん遠く離れて敵対までして、ちょっと不幸でしたね。。。

1年間、読んで戴きまして大変嬉しいです(^-^)
黒田如水は戦国真っ只中なので詳しい人が多そうですね。
どのあたりからドラマ始まるのか、まず期待しています…!
栞さんの解説記事で勉強したいところです、
冷静な時にはぜひお願いします(笑)

No title

私も山本八重の先祖が茶人だったとは知りませんでした!
西郷頼母が神官になっていたのも。
毎週、こちらでいろいろ歴史を教えていただきました。ありがとうございました。
来年もよろしく!

No title

☆saihikarunogoさん

八重が茶の湯の流れをくんだ人だったことにぼくも驚きました。
洋装から和装に変わっていったのも、
何か深い感慨があったのでしょうね。
西郷頼母、神官になって仲間達のとむらいを
続けていたのかと思うと、死ぬも生きるも戦は大変だなぁ…
と思いました。
こちらこそ、読んで戴きまして、ありがとうございました…!

No title

たりらりら~んの、こにゃにゃちは♪

今日は、『戦国鍋TV』に登場する架空のバンド:利休七哲を紹介するのだ。
記事のタイトルに対応して、利休→チェッカーズと、茶の湯から歌へと
受け継がれる「わびさび道」という感じなのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=GDAhwiKqRHg

また、茶の湯は、堺の商人とも縁が深いが、同番組には、
堺衆というユニットも登場するのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=n8NxgqhUKew

これでいいのだ。

No title

☆甲斐☆反戦(元祖天才Ozzボーン)さん
ありがとうございます(^-^)
「戦国鍋TV」なんてのがあるんですか
わびさび道を受け継ぐとは、
なかなか志が高いものですね。
利休七哲はちょっとかっこいいけど
堺衆は微妙ですね(笑)

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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