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「八重の桜」60年間で汚名晴れ/日本滅ぼした薩長

大河ドラマ『八重の桜』
 第49回「再び戦を学ばず」
【敵味方の区別無く】
 1891(明治24)年、八重(綾瀬はるか)は数え年47歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)64歳。前年10月に教育勅語が発布されました。
  覚馬「教育勅語か…。教育の名のもとに人を縛るようなことがあってはなんねぇが」
 古きよき伝統を引き継ぐ会津武士が教育勅語を批判するとは思えないのですが、戦前日本批判なのか、果たして…? 教育勅語のせいで戦争が推進されたとする脚本家(制作側)の誤解があるようです。あるいは、家訓(かきん)に縛られた会津から、教育勅語や戦陣訓を誤用し縛られた帝国日本を連想したのかもしれませんが。。。
 
さて、八重は篤志(とくし)看護婦人会の京都支会にて、若い娘達に看護方法を教えていました。八重は亡き夫・新島襄の「自分の力で考え抜く人であれ」という言葉を答えとし、日本が戦争への道を進むなか、自分の成すべきことを見つけていました。
山川浩(大蔵 玉山鉄二)『京都守護職始末』を執筆中です。弟・山川健次郎(勝地涼)が覚馬に話を聴きにきたりしました。
 
同志社英学校の第13回卒業式にて。。。
  覚馬「諸君は一国の、いや、世界の良心であってください。
     いかなる力にも、その智恵であらがい、道を切り開いてください」
 翌年の暮れ、覚馬死去。さらに翌1893(明治26)年、会津大殿 松平容保(かたもり 綾野剛)も死去、享年59
 
 1894(明治27)年8月1日、ついに日清戦争が開戦…!
八重は大山巌(反町隆史)を訪ね、「赤十字の京都支部は広島の陸軍予備病院に看護婦を派遣することを決めました。敵味方の区別無く、傷ついた人を救護します」
大山巌は悩んでいましたが、「敵なればとて傷を負くるか病にかかりたる者いたわり救うは人の常なり。仁愛の心をもってこれに対すべし」
 出陣に際して全軍にそう訓示すると言ってくれました!
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【襄が校長になった京都看病婦学校】
 ドラマでは出てこなかったような気がしますが、1886(明治19)年、新島襄は京都看病婦学校を設立し、初代校長になっています。同校には同志社病院が付属しており、近代看護教育を行ないました。そもそも日本在住のアメリカ人医師ジョン・ベリーがアメリカで募金活動を実施し、開校開院に至ったもので、ベリーが同志社病院の初代院長に就任しました。同志社病院は大勢の外来患者を迎え、ベッドは満床となりました。また、地域で健康管理についての講演を開催し、1887(明治20)年の春からは家庭への訪問看護も始めています。同年11月には、学校と病院の洋館が完成して式典が行なわれました。京都の街では、洋装の制服とナース キャップを着用した女性の姿が、日常に溶け込んでゆきました。八重もごく身近に近代看護の実態を見ていたことでしょう。
 
 1889(明治22)年に京都看病婦学校 第2回卒業生となった不破ユウは、八重とともに襄の末期を看護しています。不破はのちに京大病院の初代看護部長になっています。
 
【朝敵会津の汚名が晴れるまで長かった60年間】
 1928(昭和3)年9月、松平容保の6男・恒雄の長女である勢津子(せつこ)と、昭和天皇の弟である秩父宮雍仁(やすひと)親王が婚礼を挙げました。会津戦争から60年、かつて朝敵とされた会津の名誉が、ようやく回復されたのでした。
 
【薩長がつくり薩長が滅ぼした大日本帝国】
 会津の名誉は一応回復されましたが、いわゆる賊軍出身者への偏見は根強いものがあり、軍部中枢では薩長出身者が幅をきかせ続けました。具体的な例としては、1941(昭和16)年の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦直前、この時、海軍中枢は薩長土の強硬派で占められていました。軍令部総長の永野修身(おさみ)土佐出身で、海軍次官・軍務局長・人事局長・軍務局第2課長が長州出身、戦争指導班長・軍令部情報部長・軍務局第1課長・軍令部作戦課主任参謀・同作戦課員は薩摩出身で揃っています。終戦時首相の鈴木貫太郎でさえ、賊軍の関宿藩出身ということでかつて海軍内でひどい差別を受け、3度も軍を辞めようかと悩んだことがあったそうです。恐ろしいものがあります。
 
  ~主な参考文献~
編:同志社同窓会『新島八重 ハンサムな女傑の生涯』(淡交社)p.100
吉海直人『カメラが撮らえた新島八重・山本覚馬・新島襄の幕末・明治』(中経出版)p.131
半藤一利『幕末史』(新潮文庫)p.422
 
 


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コメント

No title

こんばんは~~~~
薩長派閥は太平洋戦争まで続いていたんですね。日清、日露と勝ち続けますからね。んでその後、おごりが出るんですけど・・・
ALL ポチ

No title

ドラマではわからなかった 背景がわかりました。

いつも しゅーまいさんのおかげで ものしりに。。。^^

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(^-^)

薩長閥はずいぶん権勢ふるったようですね。
危機意識を持った軍人もだいぶいたのですが
なぜか通常軍備は日露戦争の頃を脱せないまま
太平洋戦争に至ってしまいましたね。

No title

☆サッチさん
ナイスポチありがとうございます(=^▽^=)

ドラマの背景を知ると
よりおもしろく感じられますね(^ ^)
読んでくださってありがとうございます☆

No title

こんばんは。
終戦まで薩長だったんですね・・・
いよいよ来週は最終回、寂しいですね。

No title

☆ハニー先輩さん

天皇制ばかりが注目されてしまいますけれど
結局、薩長閥が権力を握り続けた結果、敗戦に至ったのかと思うと
幕末維新の志が何だったのかちょっと虚しいですね。。。
最終回、どんなふうにしめくくられるのか
期待したいです…!

No title

とうとう最後までドラマを見ないまましゅーまいさんの記事読んで内容確認です(笑)
幕末はやっぱどーも駄目ね。

制作側の誤解と言い切るしゅーまいさん~!!

最終回の記事が楽しみっす(笑)

おーるぽち★

No title

☆Parlさん
おーるぽちいつもありがとうございます(^-^)

ありゃ、1度も見てなかったんですか~(笑)
何度か見てるのかと思ってましたww
記事にお付き合い戴きまして大感謝です…!

NHKは時々歴史的に片寄っていて
この前には台湾を扱った歴史特番が
名誉毀損の民事裁判で逆転敗訴してました(^ ^)

No title

☆栞さん
大変なところ、ナイスポチありがとうございます!

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
 このブログは、
①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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