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「八重の桜」蘇峰と和解/襄没後の八重の生活費は?

大河ドラマ『八重の桜』
 第48回「グッバイ、また会わん」
【神のごとき人達】
 1889(明治22)年、八重(綾瀬はるか)は数え年45歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)62歳、新島襄(オダギリジョー)47歳。
 
襄は旅先で体調をひどく崩していましたが、八重には「当方無事」との葉書が届くばかり。怪しみだした八重は、覚馬に問いただします。その最中、なんと、元会津藩士の秋月悌次郎(ていじろう 北村有起哉)が訪ねてきました! 長らく東大予備門で漢学を教えていたが、新聞で「同志社大学設立の旨意」を読んで奮起、熊本第5高等中学に赴任するとのことでした。その地にて、同僚教師の小泉八雲ことラフカディオ・ハーンから「神のごとき人」とその人柄を讃えられることになるのでした。
 
まもなく八重は襄の容体を知り、療養先の神奈川県大磯へと駆けつけました。病床の襄は喜びつつ、やがて遺言を語り始めました。
「学生は型に はめず誠の自由と国を愛する人物を育ててください。。。
多くの同志達に助けられてきました。天をうらまず、人をとがめず、ただ感謝あるのみ
1890(明治23)年1月23日、新島襄永眠。
 
落胆する八重に、覚馬は使命を与えました。東京で大山捨松(水原希子)らがつくる日本赤十字社の篤志(とくし)看護婦人会に行って学んで来いと言うのです。
  覚馬「赤十字の看護の神髄は、敵味方の区別無く傷ついた者に手を差し伸べることにある。
     苦しむ者、悲しむ者に寄り添い、慈しみの光で世を照らす。新島さんがつくろうとした世界だ」
 八重の活躍は、まだまだ続きそうです…!
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【八重と徳富蘇峰の対立にようやく終止符】
 徳富蘇峰は八重を(ぬえ)と呼ぶなど批判的でしたが、ドラマではまもなく良好な関係になりました。しかし、実際の関係修復は、新島襄が臨終を迎えた前後にようやくでした。
まず、襄は死の2日前に、八重・蘇峰・小崎弘道の3人を枕元に呼んで遺言を語りました。
その内容は、「同志社の前途は基督(キリスト)教の徳化、文学政治等の興隆、学芸の進歩、三者相伴ない相まって行なうべきこと」などというものでした。
そして、襄が亡くなると、蘇峰は過去を反省し、八重に「これからはあなたを新島先生と目して、新島先生に対したように仕えます」と約束したのでした。
 
なお、小崎(こざき)弘道という人は、あの熊本バンドの一人で、同志社英学校の第1回卒業生です。卒業後、東京YMCA(基督教青年会)初代会長になり、襄没後には同志社社長に就任しています。
 
【八重の生活を気にしながら没した襄の思いやり】
 実は八重はあんまり家計のやりくりが上手じゃなかったらしく、襄は自分の没後を心配していました。そこで、襄は亡くなる前、ある人に宛てて手紙を書きました。ある人とは、「大和の山林王」と呼ばれ、自由民権運動最大の後援者でもあり、同志社大学設立のために5000円の寄付(日本女子大学設立にも5000円の寄付)してくれた土倉庄三郎(どくら しょうざぶろう)です。
 襄は八重の生活保障のために300円を預ける。それでマッチ樹木の植林会社を立て、20年後に利益を八重にも渡してやって欲しい…という内容でした。
 
実際は襄が心配するほどではなく、同志社が八重に毎年600円の生活費を支給してくれたので、慎ましく生活してゆく分には充分だったようです。ただ、八重の生活はあんまり慎ましくなく、高価な茶器を買ったり茶会を開いたりして金が不足し、同志社や大沢善助(大垣屋の次男で、同志社支援者)に借金しています。
 
  ~主な参考文献~
吉海直人『カメラが撮らえた新島八重・山本覚馬・新島襄の幕末・明治』(中経出版)p.111115
早川廣中・本井康博『増補改訂 新島八重と夫、襄 ―会津・京都・同志社―』(思文閣出版)p.112
吉田曠二・坂井誠『八重・襄・覚馬 ‐三人の出会い‐』(芸艸堂)p.90
山下智子『新島八重ものがたり』(日本キリスト教団出版局)p.94
 
 


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コメント

No title

やはり 死んでしまったんだって ドラマを見たときはちょっと

ショックでした。

でも礎をつくり 現在も優秀な大学生を 送り出しているのだから

すごい人でしたね。

伴侶には 早々の別ればかりの八重さんですが みんなに支えられて

自分の生きる道をみつけられた人だったのですね

もう終盤 さてさて どんな終焉をむかえるのでしょうか^^

No title

こんばんは。
47歳だったのですね・・・本当に悔しそうでした。
今後の八重さん、どうなるのか見守りたいです。

No title

☆サッチさん
ナイスポチありがとうございます(^-^)

大学できる前に死んでしまって残念でしたよね。。。
代わりにみんなが志を引き継いでくれて
立派な大学になりましたね!

八重自身の寿命はまだまだあるようなので
どのようなしめくくりになるのか
かえって気になります…!

No title

☆ハニー先輩さん

当時の平均寿命からするとまずまずなのかもしれませんが
まだまだ成すべきことがあって惜しかったですね。。。

八重、次第に孤独な境遇になってしまうようですが
どう生き開いてゆくのか見どころですね…!

No title

おはようございます~~~~
確かに衣装を見ればかなり派手そうに見えますものね(笑)
私も襄が死んでから八重と徳富蘇峰が和解したって聞いたことあります。ドラマでは八重が主役なのでそういう設定にしたと思いますが。
ALLポチ

No title

新島襄が死んでしまって残念です。
八重は茶人としてかなり精進したようですが、そのためにお金もたくさん使ったんですね! しかし、茶の道でおつきあいもふえて楽しい老後だったようにも見えます。年取ってからはやせて少しかわいいおばあちゃんになったかな?

No title

>八重の生活はあんまり慎ましくなく

やっぱり。
流行りの洋装や靴。。。お金かかってたはずですもん^^;
いよいよラストが近づく寂しさを感じるようになってきました。
(だって登場人物が次々没する^^;)

早く濃い来い如水~村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆とん子さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

当時 洋服屋そのものが少なかっただろうし
八重の服装は金かかってますよね…!

徳富蘇峰ともっと対立が長引いていたほうが
和解で感動できたのになぁ…と思いました(^ ^)

No title

☆saihikarunogoさん

新島襄…、惜しい人が早く亡くなってしまいましたね。。。

八重、茶にのめり込み過ぎてしまったようです…!
身寄りが亡くなって寂しかったのか、
茶三昧で楽しく遊び暮らしたのか…、
どっちだったのでしょうねぇ(^ ^)?

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(^∀^)

当時あの服装じゃ恐ろしく金かかったんでしょうね…!
実物はサイズが太めだし…(゚∀゚;

ラストが近づきましたが
八重の寿命はまだまだなので
どうしめくくるのか気になっています。
反対に如水はどこから始まるのか期待ですね…!

No title

お金にちまちました人は大成しないって事ですよね(笑)
やっぱそうでなきゃ!八重ちゃん!

大河にそう言えば希子ちゃん出てたんですね。
希子ちゃんはBIGBANGのリーダーの彼女ですよ。
前に言いましたっけ?

LIVEは欠かさず来て、大河撮影して大変だね。
不思議な魅力の持ち主だよね!

後少し。八重ちゃん頑張れ~!
オールポチです!

No title

☆Parlさん
オールポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

そうですね、お金にチマチマするのは小物でしょうね(笑)
よくも悪くも八重くらいの女丈夫だと自然に金が付いてくるのかも(^ ^)?

水原希子って女優さんがBIGBANGのリーダーの彼女なんですか
まったく知りませんでした!
洋風な顔立ちの女優さんですね(^ ^)
そのうちもっと大役をつかみそうな感じがします!

No title

秋月が好きだったので、最後にまた出番があって感激です!!ラフカディオ・ハーンも好きなので、二人のエピソードがナレーションで語られていたのも感激でした。

ドラマでも清々しい方だったし(役者さんもよかったせいか)実際も立派な方だったのでしょうね・・・

八重さん、ドラマでは何でもできる風ですが、家庭的とは程遠い女性だったんでしょうね。ファッションも派手な感じだし・・・(笑)『あなたの事だけが気がかりです』と言っていたのは、お金の心配だったんですネ(^^;)

先日、ナイチンゲールの本を読んで知ったのですが、イギリスのナイチンゲール看護学校から同志社看護学校に先生を派遣していたそうです。

No title

☆chacoさん

秋月の出番があってよかったですね(^∇^)
ラフカディオ・ハーンは子供の頃に怪談集を読みました(^ ^)
秋月は会津の一番つらい時期を乗り切って生きて、
明治の時代にも貢献して、よほどの人格者だったのでしょうね。
もっと知られてほしいですね!

八重はファッションに金がかかるし
恐らく実物の八重は食費が余計にかかっただろうし(笑)
本職の教師というわけじゃないので収入がべつだん無いし
襄は生活費の心配でいっぱいだったと思います(^ ^)

ナイチンゲールの学校と同志社に縁がありましたか~
それは初めて知りました!

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清水しゅーまい

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ご訪問ありがとうございます(^-^)
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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