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「八重の桜」早過ぎた遺書/襄の外信から見える闘志

大河ドラマ『八重の桜』
 第44回「襄の遺言」
【早過ぎた遺書】
 1883(明治16)年、八重(綾瀬はるか)は数え年39歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)56歳、新島襄(オダギリジョー)41歳。
 
12月、内務卿の山県有朋(猪野学)が主導して徴兵制度を改革、私立学校は徴兵免除の特典除外となりました。翌年2月、津田梅子(河北麻友子)の斡旋で伊藤博文(加藤虎ノ介)との面談がかなった襄。津田梅子は、伊藤の妻と娘の家庭教師をしているとのことでした。襄は私学の学生から学問の機会を奪わないよう訴えましたが…、伊藤「虫がえぇんじゃありゃせんかね」 すげなく追い払われてしまいました。その後、徴兵猶予のある官学へと、退学・転校していく学生が続出。。。
 
1884(明治17)年4月、襄は大学設立の資金集めのために、欧米旅行に出かけました。9月になって襄から急報が! 「先に届いた手紙は早合点した者が誤って送った。さぞ驚いたろうが心配は要らない。当方無事(8/9付)」 まもなく「先の手紙(8/6付)」が遅れて届きました。スイスのサン・ゴタール峠で体調を崩した襄が書き記した「遺書」でした。
  八重「命を削って、襄は戦ってる」
  覚馬「難しい戦いだ。政府も世間も時には身内の宣教師も敵に回る」
  八重「世界中が敵でもかまわねぇ。わたしは一緒に戦う。襄のライフは、わたしのライフだ」
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【新島襄の外信からかいま見える闘志】
 1884(明治17)年4月5日、新島襄は京都の停車場から出発しました。同志社学生や、教会関係者、地元有力者など大勢の見送りを受けました。八重は数名の仲間とともに神戸までついてゆき、翌日夕方、イギリス船に乗った襄に向かって白いハンカチを振り、別れを惜しみました。
 
襄は4月14日に英領香港に到着。翌日出航、同月20日に英領シンガポールに着いています。襄は香港とシンガポールの繁栄に驚き、統治が緩やかで“自由と金”があると感じたようです。
同月28日にはセイロン島(後のスリランカ)のコロンボにて、なんと、アラビー・パシャと出会っています。アラビー・パシャはエジプト独立運動の指導者で、すでに2年前にアラビーの反乱を起こしてイギリス軍に敗れ、流刑になっているところでした。襄がエジプトの将来を問うと、「エジプトの将来は誰一人知る者無し、一人の神のみこれを知りたまう」との答えが返ってきたそうです。
5月8日、襄は紅海を航行しシナイ山を眺めました。同月13日、スエズ着。まもなく汽車でナイル川の河口のアレキサンドリアに着くと、前記のアラビーの反乱によって廃墟が広がっていました。
 
襄はスエズ運河からヨーロッパに向かう船中、5月7日頃、手紙を書いています。その内容は、6月末に卒業を控えた同志社英学校 本科生徒9名・予科生12名に伝えられました。
「将来の日本を背負う若者に、真理と人類のための戦いに、奮闘せよ!」
 意外と猛々しい文章です。これを読んだ一人、本科生徒の安部磯雄はのちにアメリカとドイツに留学し、1902(明治35)年には日本最初の社会主義政党・社会民主党を創設しています。また、早稲田大学教授にもなり、東京6大学野球の生みの親にもなりました。
 
さて、5月17日にはイタリアの東南端に近いブリンディシに着いて、列車でナポリへ。その間、車窓には、絵画のような農村風景が広がっていました。そして、ポンペイ、ローマ、ヴァチカン宮殿、フローレンスなどを回ってます。特に襄の印象に残ったのが、6月20日頃に到着したイタリア・フランス国境の村トレペルチです。八重たちに宛てた手紙によれば、風景が美しいだけでなく純粋のキリスト教を守っている土地であることが特別な感慨をもたらしたようです。ここで言う純粋なキリスト教とは、ピューリタニズム(清教徒主義)のことで、襄はトレペルチ村の人々がローマのカソリック教に屈せず、ローマ軍にも立ち向かった歴史を評価したのです。ドラマの新島襄の温厚さからは想像しにくいですが、襄は闘士でもありました。トレペルチは貧しい土地であったようですが、襄はそうとう気に入ったらしく、約1カ月間も滞在しています。その後に訪れたのが、スイスのサン・ゴタール峠でした。
 
  ~主な参考文献~
吉田曠二・坂井誠『八重・襄・覚馬 ‐三人の出会い‐』(芸艸堂)p.141
 
 


 
 
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コメント

No title

今の時代でも まだ 私は海外未経験者です

襄の時代も大変だったと思います。時代に名を残す人はやはり 偉いですね^^

No title

☆サッチさん
ナイスポチありがとうございます(^-^)

海外旅行未経験ですか
これから行く楽しみがありますね(^ ^)
襄の頃は今と違って長旅で大変だったことでしょうね。
考えただけで船酔いしそうです(笑)

No title

勉強になります。スエズ運河を通ってヨーロッパへ船旅ですか~渡米するよりずっと大変そうですね・・・

八重も色々とバトルを繰り広げていますが、来週も一悶着ありそうですね^^

No title

☆chacoさん

スエズ運河を渡って、これからリヴァプールまで行って
アメリカにも渡るようですよ…!
体力がそうとうないともたなそうですね。

次回は昼ドラ向きの不倫がテーマのようです(笑)

No title

こんばんは。
当時の旅は大変そうですが、人との出会いも多そうですね。
てっきり亡くなるものと覚悟していたので、無事な姿に一安心でした。

来週は不倫な展開で、ちょっと暗い雰囲気になりそうですね。

No title

☆ハニー先輩さん

当時の旅は今とは重みがだいぶ違いそうですよね。
襄はなんか病弱な感じなので、
いきなり亡くなってしまうのかと思いましたね(笑)

不倫問題がどう扱われるのか、注目です…!

No title

明治に政府高官以外で、これだけ海外に行く人がいたとはビックリ^^

先週は見損ねたので、ここで学習しました^^/

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

そうですね、政府の要人というわけでもないのに
こんなに世界各地を回ったというのは
あんまり聞いたことありませんね(^ ^)
新島襄の活動力はすごいものがあります…!

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清水しゅーまい

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ご訪問ありがとうございます(^-^)
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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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