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「八重の桜」列藩同盟/ガトリング男・継之助の健闘

大河ドラマ『八重の桜』
 第23回「会津を救え」
【白河開戦】
 1868(慶応4)年、八重(綾瀬はるか)は数え年24歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)41歳。
新政府軍の奥羽鎮撫総督府 参謀 世良修蔵(小沢仁志)が仙台にやって来ました。藩主 伊達慶邦(天野勝弘)を見下して言います。
  世良「仙台中将。早う会津を討ち平らげよ。
     僻遠の地の国主なんぞ手柄でも立てにゃあ朝臣の列には加われんぞ」
 
(うるう)4月4日、仙台と米沢の連名で奥羽諸藩に会津救済を呼びかける通達が回りました。こうして総督府に嘆願書が出されましたが、参謀世良は…
「今さら何を言うかぁ! …こげなもの持ってきよる暇に賊徒の首を獲ってまいれ!」
 話し合う余地無しです。同月19日 深夜、参謀世良は福島の宿で芸者のしりを追い回し、同席した地元藩士に芸の披露を強要していました。その裏で、地元藩士は都の総督府宛ての密書を入手。そこには、「奥羽皆敵と見て撃つべし」との参謀世良の一文が…! とうとう仙台藩士 姉歯武之進(管勇毅)らが決起し、世良を討ち取りました。戦は避けられなくなりました。
 
同じ頃、新選組は会津に来ていました。三番隊組長の斎藤一(降谷建志)局長 近藤勇(神尾佑)のとむらいを考えている時、たまたま高木時尾(貫地谷しほり)と出会いました。運命の出会いです。まもなく斎藤は会津藩家老 西郷頼母(たのも 西田敏行)の軍に同行し、白河小峰城へ。5月1日、新政府軍が白河城攻撃を開始
  会津兵「我がほうの弾は、敵陣に届きませぬ!」
  頼母 「いま何つった!?(゚∀゚;
 装備に差があり過ぎ、会津藩は戦死者300人を出し、惨敗・落城です。
八重は負傷者の手当てを手伝いに藩校 日新館に行きました。その惨状に思わず茫然としますが、ひるまず手伝います。
 
一方で、会津から援軍要請に出向いていた佐川官兵衛(中村獅童)は、長岡藩家老 河井継之助(岡森諦)の快諾を得ました。
  河井「ガットリング砲を買い入れてきたんが。薩長に劣らぬ武器だて。
     越後5藩とともに奥羽同盟に加わりますがいや!」
 5月6日、31藩からなる奥羽越列藩同盟が成立…!
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【ガトリング男・河井継之助 敗れるも戦史に残る大健闘】
 河井継之助(かわい つぎのすけ)と言えば、何と言っても、ガトリング砲です。ガトリング砲とは、書くまでもないかもしれませんが、円筒型に束ねられた多数の銃身がグルグル回転しながら弾丸を装填・連射する機関砲で、当時のものは手動クランク(ハンドル)で回転させる仕組みでした。1862年頃にアメリカで開発されたばかりの最先端兵器で、男なら1度は撃ってみたい代物です。戊辰(ぼしん)戦争(1868)当時は日本に3門しかなく、自ら横浜に買いつけに行った河井がそのうちの2門を購入しました(残り1門は、新政府軍所有となる軍艦「甲鉄」が搭載)。そして、北越戦争(長岡戦争)で河井はこれを自分で操り、撃ちまくったのです。
 
河井は越後長岡藩(譜代 牧野家)7万4000の中流武士の家に生まれました。その才能と藩政改革の実績を認められ、家老に抜擢。1868(慶応4)年、戊辰戦争を迎えます。
ドラマでは話をシンプルにするためか省略されてましたが、実際の河井は「武装中立」を目指していました。新政府にも会津藩にもくみせず、両者の仲介役となって、無血解決を狙ったのです。そのため、当初、会津藩から援軍要請に来た佐川官兵衛と談判した際には、ケンカ別れとなりました。
続いて、5月2日には、新政府軍監で土佐藩士の岩村精一郎高俊という人と「小千谷(おぢや)会談」を開き、ここでも武装中立を主張しました。が、岩村のほうでは“恭順の使者が来る”と思っていたぐらいで、完全に決裂してしまいます。もし この時に話し合いがまとまっていれば、勝海舟・西郷隆盛の会談による江戸無血開城に匹敵するほどの出来事だった…などとも言われています。まもなく河井は再び佐川官兵衛らと談判し、会津に味方することを決定。奥羽越列藩同盟(列藩大同盟)の成立です。
 
5月10日、北越戦争が開戦。およその兵力は新政府軍5000、長岡軍1300(すでに列藩同盟軍も加わっていたので全体ではもっと多勢かも)。列藩同盟軍は山県有朋(やまがた ありとも)率いる新政府軍の精鋭を撃退するなど善戦しましたが、5月19日に長岡落陥落
しかし、7月24日 深夜、列藩同盟軍は長岡城裏手の沼地をなんと6時間もかけて渡り奇襲を敢行、城を奪還しました。日本戦史に残る快挙です。新政府軍 大参謀の西園寺公望(さいおんじ きんもち)は寝巻きで逃げ出したそうです。ところが、新政府軍は薩摩藩士 黒田清隆が率いる別働隊を投入するなど、攻勢を強めます。河井は足を狙撃され負傷、列藩同盟軍の士気はガタ落ち、7月29日にまたも長岡城陥落。。。
会津領へと避難した河井ですが、傷が悪化して8月16日、亡くなってしまいました。享年42。もし河井がもっと大きな藩に所属していれば、歴史に多大な影響を及ぼしていたかもしれません。
 
 河井が語った言葉「天下になくてはならぬ人になるか、あってはならぬ人になれ」
 
  ~主な参考文献~
福田智弘『日本史が「時系列」だからわかりやすい! 読む年表 幕末暦』(じっぴコンパクト新書)
磯田道史『直伝 和の極意 古地図で巡る龍馬の旅』(NHK)
山内昌之『幕末維新に学ぶ現在』(中央公論新社)
「歴史読本 創刊600号記念 日本史を変えた人物200人」(新人物往来社)
監:奈良本辰也『新名将言行録』(主婦と生活社)
 
 


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コメント

No title

こんばんは~~~
河井継之助が出てくるとは思わなかったので嬉しかったです
そうそう、河井といえばガドリングですよね
このドラマでは省略してたけど、元々河井は中立を訴えてました。
次は、二本松少年隊ですね。解説お願いしま~~す(厚かましい)
ポチ

No title

こんばんは。
河井さん=ガトリング砲って感じですよね。
奥羽もいよいよ戦火の中に・・・
ここからは悲しいエピソードが満載になりそうです(><)

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^ ^)

河井継之助、豪快な感じで登場しましたね。
これからガトリング砲の発射場面もあるといいんですが…(^ ^)

二本松少年隊のことはまったく知らないので
新鮮な目で見れそうです。
次回刮目して待っております…!

No title

☆ハニー先輩さん

河井継之助、ガトリング砲を撃ちまくっている豪快なイメージですね。

悲惨な話ばかりだと見るのがつらいので
八重による狙撃や、継之助の連射のシーンなど
壮快アクションも盛り込んで欲しいものです…!

No title

出るか、ガトリング家老!
でもこのドラマは坂本龍馬でさえ後姿しか見せない抑制ぶりですから、出ないと予測です
河井継之助が大河で取り上げられたのは「花神」ですね
高橋秀樹演じる河井継之助がガトリング砲をぶっ放すシーンは当時小学生だった私には衝撃的でした

No title

☆高木一優さん

そうですね、坂本龍馬が後ろ姿だけだったのを考えると
今回の河井継之助にセリフが付いていただけでも特筆ものかもしれません(笑)
「花神」でガトリング砲をぶっ放していましたか、ぼくも見てみたかったです。
和装でガトリング砲というのが、
和洋折衷な感じでかっこいいですよね(笑)

No title

世良はホント憎たらしかったですね^^
器以上の大役に任命されたばっかりに、背伸びしたと考えると気の毒ではあるんですが、、、、
血が流れすぎました。。。ショボーン..._φ(・ω・` )

装備の差に ガ━━━(゚ロ゚;)━━ン!!ってシーンは、
歴史ファンとしても頷ける演技(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン

河井は司馬氏の「峠」で知りました^^
河井は好きな人物の一人ですが、地元当時の河井に対する微妙な感情・空気?を氏は敢えて小説にしなかったようですね^-^

八重の活躍が近づく~村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

世良修蔵ほど弁護の余地が無い歴史上の人物も珍しいです。
背伸びしてたのかどうかは分かりませんが、
ただ単に傲慢な奴だったような気がします。。

装備の差があり過ぎて
西郷頼母たちは気の毒でしたね…!
まざまざと実力差を見せつけられ
無念が伝わってきました。

結果的に負け組に荷担した河井継之助に対する感情はどうしても複雑になりますよね。司馬遼太郎さんと言えども結局は一作家なので、注意して読む必要あるんだろうなぁと思います。

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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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