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「八重の桜」大政奉還/土佐大殿様vs怖い顔の岩倉

大河ドラマ『八重の桜』
 第18回「尚之助との旅」
【尚之助、待望の召し抱え/大政奉還をにらむ】
 1867(慶応3)年、八重(綾瀬はるか)は数え年23歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)40歳。
八重は夫・川崎尚之助(長谷川博己)とともに各地を視察する旅に出ました。猪苗代湖や白河小峰城を見聞。二本松城下では、木村銃太郎(大地泰仁)の砲術道場で子供達相手に手本を見せ、八重は大喝采を受けました。旅から帰還後、尚之助は藩校日新館の砲術師範13人扶持(ぶち)での召し抱えが決まり、お祝いムードに包まれました。
 
 その頃、大坂に薩摩兵1000人が集結。西郷吉之助(吉川晃司)らは幕府に脅しをかけ、将軍徳川慶喜(小泉孝太郎)を潰そうと画策していました。が、雄藩側も一枚岩ではありません。土佐藩前藩主の山内容堂(やまうち ようどう)大政奉還案を出し、薩摩藩に出兵を控えるよう申し出てきたのでした。
 
もし 大政奉還が実現すれば、薩長の挙兵の大義が失われてしまいます。薩摩の大久保一蔵(利通 徳重聡)と長州の木戸孝允(たかよし 及川光博)は密談。土佐の先手を打ち、朝廷から“討幕”の密勅を得ようとします。密勅づくりでは岩倉具視(ともみ 小堺一機)が暗躍です。さらに、岩倉は最終手段として使う“錦の御旗(みはた)の製作も進めているのでした。
 10月3日、土佐藩参政の後藤象二郎(京極圭)が、幕府に大政奉還の建白書を提出。
  後藤「朝廷を中心に公議公論による新しい政体をつくるゆうことです」
 それを吟味した慶喜は。。。
  慶喜「朝廷には政を行なう人材も戦をする兵も無い。政権を返されたとて何もできぬわ」
 それでも京都守護職・松平容保(かたもり 綾野剛)は怒り、「将軍職はどうなるのでございます、武家の棟梁のお立場は…!?」と 詰め寄りました。
慶喜には勝算があるようですが。。。
 
 


 
 
  歴史話☆彡
【泥酔による失言か…土佐の大殿様vs.怖い顔の岩倉】
 1867(慶応3)1014日、大政奉還が成りました。徳川慶喜としては、朝廷に政治能力は無いのだから結局は徳川家が権力を握り続ける…という思惑がありました。実際、朝廷は慶喜に政治を任せるしかありませんでした。
 
緊迫する情勢のなか、しばらく様子見の状況が続きました。が、12月8日の朝議で、長州藩主父子の毛利敬親(たかちか)・広封(ひろあつ)が赦免され、岩倉具視の参内許可がおります。岩倉の動きは速いです。翌9日 朝、薩摩・土佐・安芸広島の藩兵に御所の門を固めさせ、大久保一蔵(利通)西郷吉之助(隆盛)らとともに「王政復古の大号令」を出しました。徳川家打倒の、宮廷クーデターです。これにより、幕府・摂政・関白が廃止され、新しく総裁・議定(ぎじょう)・参予の三職設置が決まり、天皇中心の新政府樹立となったのでした。実質的には、雄藩中心の諸藩連合政権です。
 
王政復古の夜、「小御所(こごしょ)会議」が開かれました。そのメンバーの一人が、土佐の大殿様(前藩主)こと山内容堂です。容堂はすさまじい酒好きで、1日3升(5・4リットル)もの酒を呑み干し、鯨海酔侯(げいかい すいこう)を自称していました。この日も会議前に呑み、泥酔し遅刻。しかし、この人は、酔っていても弁舌が巧みなところがすごいです。会議に慶喜が呼ばれていないことを問題視し、徳川家も新政府に加えるべきだと、正論を展開します。公議政体派の雄として、岩倉や大久保を批判したのです。
 
確かに、今だなお徳川慶喜は最大の大名であり、自ら大政奉還をした功労者でもあって、その不在はおかしなことでした。誰も反論できない状況を見て、容堂は続けました。
「これは、幼い天子()を擁して権力を盗み取るものではないか」と。この発言を、岩倉は逃しませんでした。時に、明治帝は満15歳。
「帝は幼くても英主、今日の事業はすべて帝のご決断。それを幼帝とは、何事か。土州、土州、返答せよ…!」
 
 土州(としゅう)とは、松平土佐守である容堂のことです。岩倉に失言を突かれた容堂は、謝罪、沈黙させられてしまいました。決定的な失言とまでは言えないと思いますが、500円札で懐かしいあの怖い顔で迫られ、さすがの大殿様も反論意欲を失ってしまったのでしょう。また、控えの場では、西郷が「短刀一本あれば済むこと」と、容堂暗殺の覚悟を見せていました。それもあり、会議休憩時、土佐藩参政の後藤象二郎が容堂に自重を求めたのです。こうして、欠席裁判のような形で、慶喜から官職(内大臣)および400万石とも800万石とも言われる領地(当時の実質は200万石とも)を返上させる「辞官納地」が決定したのでした。(ただ、ここから慶喜は巻き返しに若干成功しており、さすがですが、まもなく鳥羽伏見の戦いが勃発します)
 
  ~主な参考文献~
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)
福田智弘『日本史が「時系列」だからわかりやすい! 読む年表 幕末暦』(じっぴコンパクト新書)
磯田道史『直伝 和の極意 古地図で巡る龍馬の旅』(NHK)
山内昌之『幕末維新に学ぶ現在』(中央公論新社)
 
 


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コメント

No title

こんばんは。
いよいよ来週あたりからきな臭い展開になるのですね。
やはり岩倉卿は怖い人です(^^;

No title

慶喜の奥さんが和宮とずっと思い込んでいてこんがらがっちゃいましたーー!
慶喜のお母さん?でもないよね?

やばい!本当にこの時代、無知ですねえ(笑)

先週久しぶりに見たけど、八重ちゃんのほんわか感が可愛くて可愛くてほんわかしちゃいました。

銃を持ってるのになんでしょうね。
この可愛らしさ(〃'▽'〃)

八重ちゃんにオールポチ★(笑)

No title

☆ハニー先輩さん

幕末も押し迫って武力行使が始まりますね…!
岩倉具視は顔が怖い上に行動が鋭いので恐れられたと思います(゚∀゚)

No title

☆Parlさん
オール ポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

和宮は14代将軍家茂(いえもち)の奥さんです。
和宮を知っているだけでも偉いと思いますよ(^ ^)

そうですね、八重ちゃんは銃を撃つ人なのに
かわいらしい感じがしますね。
ほんわか感ありますね。
まだ実戦じゃなくて学校のクラブ活動みたいな感じだからかな~(笑)

No title

岩倉具視が小堺さんなのはややミスキャストな気もしますが、笑顔の裏にゾッとするような凄味を醸し出そうという演出の意図でしょうか? しかし見ていると今にも「なにが出るかな♪なにが出るかな♪」と歌いだしそうで ^^;
慶喜も容堂も非常に聡明な人物だったと言われていますが、結局のところ動乱の時代には不向きの人たちだったのかもしれませんね。ALLポチ☆

No title

☆越前屋平太さん
ALLポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

岩倉具視のキャストは顔が怖いのが第一条件かというくらいなのに
、小堺さんは意外ですよね。やっぱり錦の御旗よりもサイコロが似合いますね(笑)
慶喜は勝てそうな時は勇ましかったのに、負けそうになると人々をことごとくだまして逃げおおせて、実に腹立たしいです。
容堂のほうも徳川家に恩義を感じていたせいで行動にじれったいところがありますね。
幕末のような複雑な情勢ではヘタに聡明だと裏目に出てしまうので
バカ殿様のほうがかえっていいかもしれません(笑)

No title

小堺・岩倉に未だに慣れない^^

「ごきげんよう」でニコニコしてる姿の印象が強すぎ^^;

岩倉さん、公家だけど喧嘩上手なんですね^^
小心者なので羨ましい^^

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

小堺一機の岩倉具視は好々爺の楽隠居みたいですよね(^ ^)
具視は山内容堂を黙らせてしまいました。征韓論の議論でも西郷隆盛にも負けなかったので、そうとう迫力あったんだと思います。
これからドラマでそういう場面が見られるか期待です…!

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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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