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「八重の桜」蛤御門/光る脇役 大砲奉行の林権助

大河ドラマ『八重の桜』
 第12回「蛤御門(はまぐり ごもん)の戦い」
【銃弾をさりげなくよける覚馬…!】
 1864(元治元)年、八重(綾瀬はるか)は数え年20歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)37歳。
 7月18日深夜、ついに長州の軍勢が動き、まもなく御所周辺で戦闘が始まりました…!
覚馬が守る蛤御門には、来島(きじま)又兵衛(関戸将志)率いる長州の精鋭が殺到。銃撃戦が幕を開けます。カメラに銃弾が向かって来て、迫力ありました! 近年のハリウッド アクションを研究したのではないかと思われる、流れる銃弾が美しかったです。その銃弾をさりげなくよけ、覚馬が来島を狙撃…! 実際に来島を撃ち取ったのは薩摩のはずですが、これくらいの改変はご愛嬌。。
 
長州軍の勢いに驚き震える公家衆は、京都守護職の松平容保(かたもり 綾野剛)に対し「和睦の使者を出すように」とか「長州の求めに応じ、そなたが禁裏の外へ出たらどうや!?」などと、大騒ぎです。しかし、孝明帝(市川染五郎)は。。
  帝「和睦などは思いも寄らぬことや。禁裏に発砲する賊徒、退けて御所を守護せよ!」
 勇ましい帝です。その一方、長州の砲撃が激しくなるばかりで、会津はおされ気味でした。そして、長州がさらなる猛攻を開始し、覚馬が危うくなった その時…!
  「薩摩藩士 西郷吉之助、ご加勢つかまつる」
 西郷どん(吉川晃司)が登場…! 薩摩軍はライフル銃を装備しており、たちまち長州軍を蹴散らしたのでした。
 
やがて、長州軍の久坂玄瑞(くさか げんずい 須賀貴匡)真木和泉(まき いずみ 嶋田久作)は自刃、桂小五郎(木戸孝允 たかよし 及川光博)は逃亡。応仁の乱(1467)以来となる御所周辺での戦闘は、大火災による被災者を多数出しつつも、収束に向かったのでした。
 
 さて、その頃、会津では。。
 蛤御門の変の直前、覚馬からの手紙が届いて、
「尚之助殿と夫婦(めおと)になれ」
との言葉が八重に。。 夫婦になれば、川崎尚之助(長谷川博己)が長いこと果たせなかった仕官が叶う上に、懸案の新式銃採用の話も進む…というのでした。
  八重「わだしは…、嫌でごぜぇやす」
 尚之助のことはずっと兄様(あんつぁま)と思って暮らしてきたのに、今さら旦那様だとは思えないと言う八重。すると、尚之助も、
  尚之助「私もお断りするつもりでした。鉄砲隊の改革のためとは言え、愚策ですよ」
 愚策とまで言われると、八重は複雑な表情です。二人の仲は。。。
 
 


 

 
 蛤御門の変で、長州藩の先鋒隊長として奮闘した来島又兵衛は、この写真の木の付近で討ち死にしたとも言われています。
 
←この木は「清水谷家の椋(むく)」と呼ばれ、樹齢約300年。2004(平成16)年に京都御所を見に行った時、撮ってきました。不覚にも、当時は幕末にあんまり関心がなく、蛤御門は撮りそびれてしまいました。
 
 結局、長州軍は2千数百の兵を繰り出し、来島はそのうちの200名を直接率いて会津や桑名、一橋の兵を退却させて蛤御門を突破し大活躍するも、西郷隆盛が率いる薩摩軍に狙撃され命を落としたのです。
 
 


 
 
【歴史に光る脇役】
林権助安定(はやし ごんすけ やすさだ)/役者:風間杜夫
1806(文化3)1868(慶応4)
 会津藩の大砲奉行を務めた人物です。伝統の長沼流軍学を修め、槍術・剣術を得意としていましたが、洋式砲術も学び、藩に導入するよう進言しました。1864(元治元)年7月の蛤御門の変(禁門の変)では、大砲隊を率いて長州藩と戦いました。そして、新選組とともに、真木和泉を天王山に追い詰め自刃させるという大活躍をしました。
長い髭をはやしていたので「お髭の大将」として親しまれたそうです。
 
1868年1月の鳥羽・伏見の戦いでも新選組とともに勇戦。しかし、薩摩藩兵に撃たれ、江戸へ向かう船中で亡くなりました。息子の又三郎も同じ時に亡くなっています。
 
 ちなみに、権助の孫も、権助を名乗りました(18601939)。数え年9歳で会津籠城戦を経験しています。戦後、権助は薩摩藩出身の陸軍少佐・児玉実文に養育されました。会津と薩摩という、因縁を越えて育てられたのです。やがて、帝国大学法科大学を卒業して外務省に入っています。才能を開花させた権助は、桂太郎、小村寿太郎と並んで「朝鮮三人男」の異名で呼ばれました。権助の外交理念は平和を一番にしており、晩年は式部長官や枢密顧問官を務め、昭和天皇からも信頼されたのでした。
 
  ~主な参考文献~
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)
『読める年表 幕末維新明治』(自由国民社)
福田智弘『日本史が「時系列」だからわかりやすい! 読む年表 幕末暦』(じっぴコンパクト新書)
山内昌之『幕末維新に学ぶ現在』(中央公論新社)
 
 


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コメント

No title

覚馬さんの怪我は大丈夫でしょうか^^

来週は八重さんの恋バナになりそうですね^^

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

こんばんは。
尚之助さんもあそこまで否定しなくてもね(笑)
今回の戦いは迫力もあって面白かったです。
久坂さん、真木さんお疲れ様でした。

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

覚馬、被弾しても笑顔を見せてましたけれど
けっこう痛そうでした…!

八重の恋バナ、
どんなふうに進展するのか楽しみですね('∀'●)

No title

☆ハニー先輩さん

せっかくの縁談計画が尚之助に「これは愚策」とまで言われて
八重さん気の毒でした(笑)

砲撃戦、大迫力でしたね…!
これから鳥羽・伏見の戦い、
会津戦争と続くのが息切れしないといいなぁ~って思います(^ ^)

No title

我が会津藩の御先祖さま。この戦いにやぶれ、おちのびるときに。
伊勢の豪商のお世話になり、そこのお嬢さんを見染めて・・と。父から聞いております。
存命ならどんなに楽しんでみていたことかと・・
たのしくて興味深い解説ありがとうございます。ないす

No title

☆みっちゃんさん
ないすポチありがとうございます(^-^)

ご先祖さまが参戦しておられましたか…!
鳥羽・伏見の戦いですね。
それは大変なことです。
ご先祖さまにもきっといろんなドラマがあったんでしょうね。

No title

旦那様に思えないよぉ~って気持ちからの、相手の全否定!

これは盛り上がるパターンですよね!!
それで一気に気になってしまってばたばたしちゃう♪

はるかちゃんの女子は本当に可愛いからしゅーまいさん、気を付けて下さい(笑)

オールポチ☆でーす!!

No title

戦闘シーンが長かったですね。
子供の頃、戦国時代の映画を見て「同じ日本人同士で殺しあうなんて信じられない」と思ったのを思い出しました。

親とはぐれてしまった子と小五郎が一緒に泣くシーンがせつなかったです。
「違う方法で」小五郎は逃げて正解だったのかも・・
でもみんな一生懸命だった・・幕末はそういうところに胸を打たれます。

No title

☆Parlさん
オール ポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

否定したのにすごく気になってしょうがない…、
盛り上がる恋愛ですよね…!
一目惚れよりも時間がかかるけども
その過程がいいです。
八重はるかの心境の変化に注目したいです(^-^)

No title

☆chacoさん

子供の頃に戦国時代の映画を見てショックでしたか…!
穏やかな環境で育ったのでしょうか(^ ^)
ぼくは『武田信玄』などを見て、
早く戦にならないかなぁ~、といつも思っていました(^ ^ゞ

桂小五郎が子供と一緒に泣くシーン…、
小五郎らしい感じがしてよかったですね。
幕末動乱、それぞれの生き方が光って見えますね…!

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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