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「八重の桜」8月政変/島津幕府実現を恐れた慶喜

大河ドラマ『八重の桜』
 第9回「八月の動乱」
【会津・薩摩 対 長州 8月の政変】
 1863(文久3)年、八重(綾瀬はるか)は数え年19歳、兄・山本覚馬(かくま 西島秀俊)36歳。
覚馬と秋月悌次郎(あきづき ていじろう 北村有起哉)が京の宿で洋学所設立について語っていると、高崎佐太郎という薩摩藩士が訪ねてきました。近く計画されている帝の大和行幸は長州藩のはかりごとであり、孝明帝(市川染五郎)の思いとは関係なく、実は倒幕が真の目的だという。。。
 
会津藩主で京都守護職の松平容保(かたもり 綾野剛)は、薩摩藩と手を組む決断を下しました。容保は中川宮(小須田康人)の助力で長州藩排除の勅旨を得て、精鋭2000の兵を率い参内。御所の各門を固め、長州藩ならびに尊王攘夷派の公家ら締め出しに成功しました。8月18日の政変です。そして、容保は帝からご宸翰(しんかん=帝直筆の書)と御製(ぎょせい=帝が詠んだ歌)をたまわったのでした。感激して落涙する容保と家臣たち。この人たち、毎回泣いてます()
 また、容保に従った壬生(みぶ)浪士組も働きを認められ、武家伝奏(てんそう)のお達しを受け「新選組」となりました。
 
 その頃、会津では、帰国したばかりの照姫(稲森いずみ)の御前にて、女子の薙刀(なぎなた)の稽古が行なわれていました。ちかぢか照姫の祐筆(秘書)が選ばれるとあって、一層力が入ります。
  「心ばえがよくて、機転がきいて、武芸の心得がある者…」
 八重が選ばれるのではないかとウワサが盛り上がり、期待高まるのでした…!
 
 


 
 
豆知識(=^^=)/歴史を流れでつかむ☆彡
【容保も参加した参予会議 慶喜と島津の対立で瓦解(島津幕府の恐怖)
 1863(文久3)年、8月18日の政変によって尊王攘夷派が京都から追放されると、公武一和(公武合体)を進めるために雄藩の大名が続々上洛してきました。
 
そして、1230日、一橋慶喜松平容保(会津藩)松平春嶽(越前藩)山内容堂(土佐藩)伊達宗城(むねなり 伊予の宇和島藩)が朝廷によって朝議参予に命じられます。明くる1864(元治元)年1月13日には島津久光(薩摩藩)も同職に任じられました。この6名によって参予会議が成立し、1月15日には14代将軍家茂(いえもち)が再上洛、公武一和が成ったかと思われました。
 
参予会議の課題としては、8月18日の政変で没落した長州藩の処分問題、それから横浜の鎖港問題がありました。横浜鎖港というのは、開港の影響で物価が急騰し庶民が混乱している現状を踏まえ、鎖国体制へと戻すためにまずは横浜を鎖港しよう…という動きです。
 
参予の意見は、長州問題では処分実施の方向で一致しましたが、鎖港問題でまさかの衝突が起きます。参予の面々は総じて開明的で、開国(開港)の必要性を痛感していました。攘夷一辺倒の長州がいなくなったお蔭で、開国についてだいぶ自由に語れるようにもなっていました。が、この頃、島津が驚くべき行動力と資金力で中川宮など帝側近を味方に付け、開国論を語り、急速に影響力を伸ばしていたのです。徳川幕府内では、
 
“島津は徳川を倒し、島津幕府を開く魂胆ではないか…!?
 との疑惑が広がり、一橋慶喜もそう疑っていました(ある意味、間違ってはいません)
 
慶喜自身は開国の意志をもっていたのですが、なんと島津との対抗上、鎖港・攘夷を主張してしまったのです。このせいで参予会議は機能しなくなり、3月には早くも解散してしまいました。慶喜という人が、当時からあまり信頼されず、一時的な人気しか得られなかったのは、このあたりのブレや保身にあると思います。有能であるのにも関わらず、実力を発揮できなかったばかりか結局 保身に走り、のちには会津を見捨てるという信義にもとる行動をとった慶喜。その難しい立場に同情できる点もなくはないのですが、実に歯がゆい思いがします。
 
  ~主な参考文献~
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)
『読める年表 幕末維新明治』(自由国民社)
 
 


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コメント

No title

大河で新撰組・篤姫 など みてきましたが

視点かわると そうだったのかって 今わかることもありますね。

No title

☆サッチさん

それぞれの視点・立場があって
見比べてみると興味深いですよね(^∇^)
特に新選組などは見方によって
だいぶ変わりますね…!

No title

こんばんは。
慶喜公はどうにも腰が据わってないですよね。
頭は切れるのでしょうが、行動力が伴わないというか、
どうにも信念とか、性根の部分がこころもとなかったです。

八重さんの出番が少なくて、もう少し会津の描写を増やして欲しいかも。

No title

こんばんは
慶喜は家康の再来と呼ばれるくらい頭が切れるんですが、頭がいい故に先が見えてしまうんでしょうね。それが結局彼の首を絞めて会津を見捨てるっていう形になってしまうと思うんですが。
もし慶喜がアホなら大政奉還とかせずに最後までしがみついて日本全体を滅ぼす結果になったと思いますよ。
日本が植民地にならなかったのは坂本龍馬がいたこと。幕府側に勝海舟と徳川慶喜がいたってのが大きいと思います。
ポチ!

No title

☆ハニー先輩さん

慶喜公はせっかく能力があるのに
口ばかり達者で軽薄な感じがして
信用できないんですよね。
実際、戊辰戦争の時の会津、そして幕臣達も、みんなほとんどだまされたような感じで見捨てられたわけですし
明治維新後も慕ってくる旧幕臣達を冷たくあしらったらしいです。
「こんな上司には ついてゆきたくない」の筆頭に挙げたいくらいです(笑)

八重は準主役という感じになってしまっていますね。
銃の開発とか調練を始めてほしいです…!

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^ ^)

慶喜公は先見性はあったと思いますが
それを回りに説明せずに煙に巻く傾向がありました。そのような欠点があって
当初は味方だった賢侯も離れてしまいます。
察するに、他人への共感・配慮に欠ける人だったんじゃないかと思います。

大政奉還は、慶喜公にとっては、
討幕派の大義名分を打ち消すための政治的トリッキーなものでした。
坂本龍馬は勘違いで感激してくれたようですが
実際の慶喜公はほとんど保身しか考えてなかったんじゃないでしょうか。

弁舌やパフォーマンスに
たけていたようなので、
現代の政治家や俳優に生まれてれば、
そうとう人気出たかもしれませんね(^ ^)!

No title

慶喜は頭の回転が速すぎなんでしょうね。
でもって殿様だから、周囲の理解を得て根回しする必要がない。

この時代の殿さまは、家臣に政向きは委ねるタイプが殆どになってます。
でも一ツ橋家(&幕閣)では慶喜に理論武装で勝てる家臣がいないでしょう^^;

No title

そのせいか、似たタイプの勝海舟とは不仲,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
明治後に勝と慶喜は和解したらしいですけど^^;

慶喜の保身は会津の犠牲で成り立ってます。
慶喜の狡さは「わしの為に犠牲になってくれ」と、遂に一言も発しなかった事です。

松平容保の気性と会津の家風なら、慶喜の一言があれば喜んで死んだと思います。
主家を残すために家臣が盾になるのは、武士の本分の一つですから。

でも、慶喜が「言葉」を残せば、それが漏れて独り歩きして政治的に利用される恐れがあります。
だから、静かに舞台から自分の意志で降りた・・・。

違う意味で尋常な精神力じゃないです。
普通の人なら葛藤して潰れちゃいます。

No title

慶喜は会津に「主家の盾になる名誉」を与えてくれなかった。

でも逆を言うと、それは当然の事であって、いちいち家臣の方から主張するのも変かもしれない。
(褒美・恩賞をねだるみたいな響きに聞こえなくもない)

つまるところ正解はない。
時代の境目・価値観が大きく変革する時期は、一つの行動に何通りも解釈が出てきます。

その人が、どのスタンスの、どの階層の意識や感覚で行動したのか、本当のことは本人の心の底に沈んでるんでしょうね (゜-Å) ホロリ

ちなみに自分はクセのある慶喜タイプは好きです(*´ー`)
戦国時代に慶喜が産まれていれば、面白かっただろうなぁ~

長々と失礼しました~村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

私も島津久光は島津幕府作るくらいの勢いがあったと思いました。

慶喜がもう少し違う対応してたら…と思う所ですが(笑)
確かに正解がないのが歴史。
だから想像して面白い~~~

慶喜はAB型なんじゃないでしょうか?
まあ。私がAB型なんだからなんですけどwww

一気に先を読んで説明を省き結果を伝えてしまって、みんなから「はあ?」って顔されることが多いので(笑)

ALLぽちでーす★

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちと丁寧なコメントどうもありがとうございます(^-^)

確かに、慶喜のように弁舌が優れ頭脳明晰で
自ら政治に取り組んだ殿様は少なそうですね。
回りを置いてけぼりにしてしまって
結局 孤立したんじゃないかと思います。
それでも勝海舟がいてくれて、よかったです。

会津や幕臣を犠牲にしたのは
いろんな事情や立場があったのですね。
慶喜は水戸家出身で微妙な立場だったし
本人にしか分からない葛藤もあったんでしょうね。
それにしても 会津にねぎらいの言葉が無かったのは さびしいです。。。

戦国時代の慶喜…、おもしろそうですね(^ ^)
でも やっぱりクール過ぎて ついてゆきたいタイプではないなぁ。。
一緒に戦っていたら慶喜だけ逃げて
いつの間にかいなかった…なんてことがありそう(゚∀゚;

No title

☆Parlさん
ALLぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

明治維新が成った時、島津久光としては
“これで島津幕府が開ける”という感覚だったらしいです(笑)
そうじゃないことが分かって、
“しまった、西郷隆盛にだまされた!”…っていう(笑)

慶喜のように、頭がいいのに自分の組織を潰したというのは
皮肉なものですよね。
本当は徳川首相の国家をつくりたかったんでしょうけどね
ちょっと気の毒です。

AB型ですかww
面倒でもやっぱり丁寧な説明が必要ですねwww

No title

しゅーまいさん♪
慶喜は何とO型でした∑(゚ω゚ノ)ノ
O型はおおらかなようで気がちっさいですからね。
こういう結果だったんでしょ。

うちの旦那もO型ですけど、変な所にみみっちいです(笑)

徳川家康がAB型でしたよ!

No title

八重の桜だんなと見ています~(*゚▽゚*) でも、二人一緒に見ようと思うとなかなか進まず、2~3つたまってしまいます~( ̄▽ ̄;)

No title

☆Parlさん

慶喜の血液型が判明していたんですね!
家康まで判明しているとは驚きです…!
そういうことを調べる学者がいるんでしょうね
おもしろいものですね(^ ^)

No title

☆えっぴさん

えっぴさんも見てますか…!
それは嬉しいことです(^-^)
次回は池田屋事件ですよ…!
2~3話飛ばして見てもだいたい内容分かると思いますよ~
そのうち龍馬も出て来るといいんですけどね(^ ^)

No title

それぞれに面白さが違うのですね歴史には正解はないというのをつくづく思いますね
人間のやることですものね。菅さんが原発対応を批判されて、歴史が判断してくれるといいましたが・・
明治政府に遠慮して徳川時代を暗黒のような歴史解釈もありました。
さてさてドラマですからネ、楽しむことも大事ですね、清水シューマイさんの御蔭で、タレントばかりの軽い大河ドラマが深まります。
ありがとうございます。

No title

☆みっちゃんさん

歴史は見方によって変わるのでおもしろいですね。
でも 総理大臣の頃の菅さんが評価されることは
あまりなさそうな気がしますね(゚∀゚; 厚生大臣の頃はけっこうよかったんですが…。

近頃は徳川時代だとか戦前の日本のいい面にも光が当てられるようになって
いいことだと思います。

今は他にドラマをほとんど見てないこともあって
大河ドラマをつい真剣に見過ぎてしまいます(^ ^ゞ

No title

慶喜擁護派の御面々には申し訳ないですが、鳥羽伏見の戦いで部下を見捨てて自分だけ江戸に逃げ帰ったことですべてアウトです、人として。日本を内乱状態に陥らせないために熟慮して・・・とか後の歴史家は彼を美化しますが、人の上に立つ者としては最低の人間です。彼の「最後の一兵になるまで」という命に従って死んだ者が多数いたにもかかわらず、自分は生き延びて、晩年は自転車とカメラ三昧の日々を楽しんだとか。なんじゃそりゃ!ですよ、本当に (-_-#
今現在の徳川宗家が、松平容保の血統だというのがせめてもの救いですね。神様はやはりちゃんと頑張った人を見ているのですよ、痛快な歴史の事実です。ナイス&村ポチ☆

No title

☆越前屋平太さん
ナイス&村ポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

ぼくも、一兵卒ならばともかく、全軍を指揮する将が逃げる…しかも、回りをだまして見捨てて…というのは、どうかと思うんです。
ぼくが当時の幕臣だったら、慶喜を斬りにゆきますよ(笑)

それでもまだ戦後に幕臣の救済に奔走したとかならいいんですが、徳川家に疑惑が及ぶのを恐れ、慕ってきたかつての部下を冷たくあしらってたらしいので、
誰も斬らなかったのが不思議なくらいです(゚∀゚;

今の徳川宗家は松平容保の血統なのですか、まったく知りませんでした。子孫の方々も、どうせなら、勇敢に戦った血筋がいいでしょうからねぇ。。。

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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