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「平清盛」徹夜双六/将軍に先行し権力を握った惣官

大河ドラマ『平清盛』
 第49回「双六が終わるとき」
【徹夜双六】
 1181(治承5)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年64歳、源頼朝(岡田将生)35歳。
反乱を鎮めるべく、清盛は新たな軍制を敷き、惣官職(そうかんしき)の設置を決めます。
 そんななか、高倉上皇(千葉雄大)がわずか21歳にして崩御。。。 それにより、後白河法皇(松田翔太)が院政復帰しました。
 
清盛は法皇と久々に双六で勝負。過去を一つ一つ振り返りながらの夜通し対局です。何とか勝利した清盛は…「双六、本日をもって最後として戴きとうござります。……もはや、平安の世は終わりを告げようとしておりまする。これより先は、武士同士が覇を争う世となりましょう」
 どうやら、清盛は時代を読めていたのでした。が、福原が還都されてしまった一方で、頼朝は鎌倉を着々と整備していきます。そして、源平決戦が近づくなか、清盛は熱病で倒れてしまったのでした。徹夜双六の無理がたたった…?
 
次回ついに最終回、「遊びをせんとや生まれけむ」です!
 
 


 
 
 大河がもっと楽しくなる!
歴史ファンのために(=^^=)
【将軍に先行 強大な武力行使を可能にした惣官】
 1181(治承5)年1月、清盛は頼朝らによる反乱に対抗するため、息子 宗盛畿内惣官職(きない そうかんしき)に就任させています。これは畿内(山城・摂津・和泉・河内・大和)と周辺(伊賀・伊勢・近江・丹波)の計9カ国にわたって、兵士徴発や兵糧調達などができるという、非常に強大な権限を持つものでした。戒厳司令官のようなもので、もし平家が勝っていたら、征夷大将軍ではなく「惣官」が幕府の棟梁になっていたかもしれません。
 
惣官の由来は、この時からさかのぼること450年。729(天平元)年の「長屋王(ながやおう)の変」にあります。731(天平3)年、変以来の治安悪化に対応し、一品新田部(いっぽん にいたべ)親王が惣官に任じられ、京畿内を対象とする兵馬の権限が与えられたのです。清盛はこれを先例に、強力な軍事の実権を生み出し、臨戦態勢を敷いたのでした。
 
 実は、頼朝も一時期は惣官を名乗っていました。1183(寿永2)10月、頼朝は朝廷から宣旨(せんじ)を受け、東国一帯の支配権を獲得します。その時、「予は東海道惣官なり」と語っているのです。清盛の新しい軍制が、頼朝から見ても的確だったことを表わしていると言えるでしょう。
 
【奥州や諸国武士との連携狙った清盛】
 清盛は惣官職を置いただけではなく、鎮守府(ちんじゅふ)将軍の藤原秀衡(ひでひら)と、越後国在住の平家方有力武士である(じょう)助長頼朝追討の宣旨を与えました。鎮守府将軍はともかく、城助長は国司でも何でもないただの地方在住武士であり、そのような人物に追討の宣旨を直接与えたことは前代未聞でした。ここから、清盛に柔軟性があったことと、それだけ せっぱ詰まっていたことが分かります。
 
しかし残念ながら、奥州藤原家は動かず、また、城氏は1181年6月の信濃国 横田河原(よこたがわら)の合戦木曾義仲に敗れてしまいました。
 
  ~主な参考文献~
上杉和彦『平清盛』(山川出版社)p.77
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.307
五味文彦『西行と清盛 時代を拓いた二人』(新潮選書)p.314
高橋典幸『源頼朝』(山川出版社)p.53
上杉和彦『源頼朝と鎌倉幕府』(新日本出版社)p.107
 
 


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コメント

No title

こんばんは。
徹夜で双六している様に見えましたが、やはりそうだのかな?
来週でいよいよ終りと思うと残念です。

毎回の歴史解説、とても面白かったのです。
不慣れな時代だったので、とても助かりました。

No title

☆ハニー先輩さん

双六の場面、たしか対局開始は夜で、終わった時には朝になってました。
将棋や囲碁ならともかく、双六がそんなに時間がかかるゲームだとは、驚きました(笑)

いつも読んでくださってありがとうございます(=^▽^=)
最終回がどんなふうになるのか、期待ですね…!

No title

ほんと いろいろ言われた大河も最終回

やっぱ 楽しみです。

しゅーまいさんの解説者とも出会えたし。。。いつもありがとう

No title

こんばんは~~~
次回はいよいよ最終回ですね。一の谷、屋島、壇ノ浦そして義経の死までやるんですから、45分で足りるんでしょうか
あらすじだけは嫌ですポチ

No title

清盛が宗盛を惣官にし、頼朝もまた、惣官になっていたとは!
またそれが、長屋王の変の頃にできた官職だったとは!
こちらに来ると、いろいろと知らなったことがわかって、おもしろいです。ありがとうございます。

頼朝が、東国に幕府を開いて征夷大将軍になるという、まったく新しいことを始めることができたのは、平家が、先に、いろいろやってくれていたからだな、と思います。特に、南都焼き討ちは、内心、しめしめ、って思ったんじゃないかしら。平氏を悪者にして、鎌倉政権は、、東大寺の再建に協力するとか、善玉の立場に立って、権威を高めることができるから。

No title

☆サッチさん

視聴率的には史上最大の苦戦でしたが、
内容的にはストーリーや演出が本格的でおもしろかったですよね…!
なじみの薄い時代を、
よくあれだけ見応えあるものに仕上げたもんだなぁ…と感心します。

読んでくださってありがとうございます(^-^)

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^ ^)

源氏の勝ち戦はどの程度映像化されるんでしょうかね~。
本質的には、平家の都落ちとその後の没落にドラマがあると思うのです。
そのあたりを心得たつくりだといいなぁって思います。

No title

☆saihikarunogoさん

清盛の惣官構想は的確だったようです。
清盛本人がもっと生き続けていたら、いい勝負ができたのかも知れませんね。

本当に、頼朝は清盛の政権づくりをいろいろ参考にしたと思います。たまたま本拠が東国であったことと、そのまま本拠地を動かさない決断をしたことだけで、平家に勝ったような気さえします。
平家悪玉論のお蔭で、頼朝から始まって徳川家まで、時の権力者は自己正当化ができ、だいぶ助けられたと思いますね。

読んでくださってどうもありがとうございます(^∇^)

No title

大河ドラマ・ランキング2位凄いです!

清盛幕府なら西国中心の貿易立国だから、
鎖国しない日本だったかもですね^^

来週で終わりか~寂しいな^^
村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちどうもありがとうございます(^∇^)
村はごくたまに2位まで上がるんですが
栞さんのように1位になったことはまだありません(^ ^ゞ

確かに 清盛の幕府だったら
貿易が活発な開かれた国になっていたような気がしますね…!

源平合戦で華々しい最終回だといいんですが~(^ ^)

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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