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「平清盛」福原「幕府」始動!/源平合戦で幕府成立

大河ドラマ『平清盛』
 第46回「頼朝挙兵」
【以仁王令旨と福原遷都で大混乱】
 1180(治承4)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年63歳、源頼朝(岡田将生)34歳。
4月、後白河法皇(松田翔太)の皇子 以仁王(もちひとおう 柿澤勇人)平家打倒の令旨を出しました。やがて露見して平家方が捕り手を差し向ける一方、源頼政(宇梶剛士)が以仁王に応じて兵を挙げます。宇治川の橋にて合戦が行なわれ、平家が勝利。
  頼政「わしは最後まで計りかねておった。清盛入道が器を。
     あのかたはこの国の宝か、それとも災いか。
     この戦に我が身を投じた今もって分からんだ」
 5月26日、以仁も頼政も討ち死にを遂げました。見所のはずの橋合戦がまったく映像化されず、残念。。。
 
 6月2日、清盛は福原遷都を断行します。住み慣れた京を出るということで、平家内でさえ反論が上がる中での強行遷都でした。福原邸で清盛は白拍子を無理やり踊らせたり、勝手三昧。結局、このドラマでも清盛は悪人になってしまいました。できれば、志の高いままで、頂点に立った清盛の葛藤を描いて欲しかったものです、残念。。。
 8月17日、ついに頼朝挙兵。流人生活20年。伊豆目代(もくだい)の山木兼隆を討ち取りました…!
 
次回は「宿命の敗北」、残り4話です!
 
 


 
 
 大河がもっと楽しくなる!
歴史ファンのために(=^^=)
【「福原幕府」始動…!】
 幕府と言えば、鎌倉幕府が最初だろうと思われがちですが、実は当時、「鎌倉幕府」という言葉は使われておらず、「幕府」という概念もありませんでした。ついでに言えば、その次の「室町幕府」も使われていませんでした。徳川(江戸)時代になって幕府に当たる意味の「柳営(りゅうえい)という言葉が使われ始め、さらに徳川時代後期になりようやく幕府という言葉が出てきます。「幕府」が一般に使われ始めたのは、明治以降だそうです。
 
当の頼朝たちは現在私達が「鎌倉幕府」と呼んでいるものを、公家や朝廷の干渉を受けずに独立した政治・軍事ができる「武士の集まり」、単にそう考えていたようです。では、そういう「武士の集まり」は鎌倉幕府が最初だったかと言うと、大河清盛をご覧になってきたかたはお分かりの通り、清盛がすでに実現していたのです。具体的な時期としては、117911月の「治承3年の政変(治承3年 清盛のクーデター)」によって清盛は後白河法皇の院政を抑えることに成功し、翌年6月の「福原遷都」で旧勢力の呪縛から解かれ、政治・軍事の権力掌握を果たしています。これが、福原幕府です。それよりも前から平家は権力を握っているとして、六波羅幕府の説を掲げる学者もいます。
 
大河清盛の時代考証をしている橋昌明氏は六波羅幕府~福原幕府説、もう一人の時代考証の御担当、本郷和人氏は福原幕府説を唱えており、いずれも「平家幕府」という考え方に立っています。
 
【源平合戦が幕府成立を促した】
 おもしろいことに、福原幕府成立には、以仁王の乱(源氏挙兵)が大きな役割を果たしました。京都は防御に不向きな地形だったので、清盛は福原に遷都することで対源氏の態勢を整えようとしたのです。さらに、1181(治承5)年1月、清盛は息子 宗盛を畿内惣官(きない そうかん)にしているのですが、これは強力な軍事指揮権を持った官職で、征夷大将軍に相当するものでした。
 一方、頼朝のほうでも平家の動きに対応し、挙兵からちょうど2カ月後の11801017日、武士を統括する侍所(さむらいどころ)を設置して別当(長官)に和田義盛を、所司(次官)に梶原景時を任命しています。また、合戦の論功行賞で主従関係を発展させており、急速に政治・軍事で独立した動きを見せ、すでに鎌倉幕府と言えるほどの体制づくりに成功していたのでした。
 
  ~主な参考文献~
上杉和彦『平清盛』(山川出版社)p.72
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.288
五味文彦『西行と清盛 時代を拓いた二人』(新潮選書)p.303
本郷和人『謎とき平清盛』(文春新書)p.194
高橋典幸『源頼朝』(山川出版社)p.28
上杉和彦『源頼朝と鎌倉幕府』(新日本出版社)p.77~、109
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)p.230232
 
 


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コメント

No title

こんばんは。
今回は清盛さんの内面が色々と分かりましたね。
スターウォーズ的にいうと、いつの間にか清盛さん自身が
気づかないうちにダークサイドに落ちてしまっていた感じでした。

番組の最後でやっと清盛さんも目が覚めた?感じです。
打倒源氏との戦いで、いつものハツラツとした清盛さんが見れそうですね。

福原幕府とかぜんぜんしらなかったです。
ちょっとネットとか調べてみたいと思います!

No title

こんばんは~~~
このドラマでは福原遷都を清盛の暴走としてとらえていましたが(というか清盛以外の平家一門&貴族たち)
清盛は清盛なりの意図があったんだと推測します。
仰るとおり、福原幕府と呼んでもいいんじゃないかと思います。
平家の失敗は都を拠点としたってとこでしょうか?逆に頼朝は平家のやり方を見て鎌倉に拠点を置いたんでしょうね。それが成功したんだと思います。ポチ!!

No title

ふむふむ 。。。

幕府って そうだったんだぁ~

名前って 後からつくって わかる気がします。

時代の真っ最中には 意識しないものですものね^^

No title

歴史マニアックな友人に、福原幕府、って言ったら、
「歴史を冒涜している!そんなのあるわけないだろ!」と一喝されました。いろいろ解釈がるようですね。大河ドラマは、単なるホームドラマで終わらすのはけっこう批判があるので、そこが難しいところですね。

No title

☆ハニー先輩さん

本当にダーク サイドに落ちてしまっていましたね…!
頼朝が反旗を翻したら
清盛、活気づいてきましたね。
新しい目的が見えてきた感じでしょうか。

福原幕府はわりと新しい説だと思いますので、
あんまり出てこないかまたは異論が多いかも知れません(笑)

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^ ^)

福原遷都は強引な側面があったとはいえ
武家の政治の始まりになると思うので、幕府と言えますよね。
清盛以外の人々が、京に未練を残し過ぎていたので
やはりもっと福原京が整備されて立派になってから遷都していれば、本格的幕府として成功していたかもしれません。

頼朝は回りの武士が東国土着だったので、
その点、独立政権をつくりやすくツイていたと思います(^∇^)

No title

☆サッチさん

そうなんです、幕府とか、用語的なものはずっと後から付いたものなのに
それを学校で習うと、当然のことのように思ってしまうんですよね。

後世の人々が、「今 考えるとこの時が始まりだったんだなぁ」と思うわけで
時代の真っ最中にいる時にはよく分からないものですよね(^∇^)

No title

☆kazunnさん

一喝されましたか…(笑)

福原幕府も鎌倉幕府も後付けの名前であって、
当時はどちらもありませんでした。
武家の政治の始まりがいつなのか、
それをどう捉えるかで変わってきます。

福原幕府は未整備であまりに短期間であったため
異論も多いことと思いますが、
「いいくにつくろう鎌倉幕府」がもはや通用しなくなっているように学校教育の場でもだんだん変わってくると思いますよ。

No title

今週も見逃しました(>_<)
土曜日に又見るようにします。

福原幕府と呼ばれないのは
清盛が征夷大将軍になってなかったからだと思ってました。w
幕府=征夷大将軍がトップにいる組織となぜかインプットされたんですが....
でも武家による政治が幕府だととらまえると
確かに福原幕府でもおかしくないですよね。

No title

私も全くもって同感です!
このドラマくらいは清盛の熱く真っ直ぐないい所を最後まで見せ続けて欲しかったですよ~。
そして何だかあっという間に負けて自害する頼政。
えーーー、いつ戦ったんだよ…って(笑)

白拍子が可愛がられてちょっとイラってしてたので、弓を向けられた時やれやれ!と思ってしまった…心が狭い私でした~~(^_^;)

ポチポチ★

No title

☆らんらんさん

なにしろ、幕府という概念が後付けなので
深く考えるとよく分からなくなります(笑)
木曾義仲もいちおう征夷大将軍になっているのに幕府とは言わないし…、短期間だったせいかも知れませんが…。
鎌倉幕府の成立も、頼朝の征夷大将軍就任1192年よりも早かったとする学者がけっこういて、“幕府とは何ぞや”というのは意外と深いです…!

No title

☆Parlさん
ポチポチどうもありがとうございます(=^▽^=)

清盛…、今まで女遊びなんかしていなかったのに急に遊び始めて、酒乱みたいになってるし、ガックリしちゃいましたよね(゚∀゚;

頼政はもっと立ち回りの場面を見せて欲しかったですね。
以仁なんか討ち死に場面無しでナレーションだけで死んぢゃったし…(笑)
次回こそは力の籠もった合戦場面を見たいですね…!

白拍子はもっと何か激しい踊りを披露してくれれば
おもしろいのになぁって思いました(^ ^ゞ

No title

この回は見損ねてたんです^^

以仁王さん、いつも嘆いてるシーンだけでしたが、
こういう役割があったんですね^^
彼は帝になれたんだろうか^^;

と思ったら、コメの流れだと死んでるのね^^;

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

☆栞さん
村・ナイスぽちいつもどうもありがとうございます('∀'●)

以仁王、結局、ことが露見して
最後まで嘆いていましたよ(笑)
嘆いてばかりの役でした。

しかも 討ち死に場面の映像が無くて、
ナレーションだけであっさり消されてましたwww

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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