FC2ブログ

記事一覧

「平清盛」治承政変/大番役と頼朝の子作り

大河ドラマ『平清盛』
 第44回「そこからの眺め」
【平家を脅かす法皇 死の双六 清盛謀叛】
 1179(治承3)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年62歳、源頼朝(岡田将生)33歳。
清盛と後白河法皇(松田翔太)の仲をかろうじてつないでいた重盛(窪田正孝)ですが、病に臥せってしまいました。法皇が見舞いに訪れます。平家の安泰を遺言する重盛に対し、法皇は大好きな双六を取り出して「これに勝ったらのう」 危篤の重盛に双六対局を強要! こんなふざけた法皇に忠義立てしていたとは、不幸な重盛でした。。。
 
 6月、清盛の娘 盛子(八木のぞみ)が亡くなり、彼女が継承していた広大な摂関家領が法皇によって召し上げられました。7月、清盛の長男 重盛死去、享年42。。。 その知行国 越前(現 福井県東部)も法皇が没収してしまいました。さらに10月、清盛が推す藤原基通(もとみち 盛子の息子)を飛び越え、藤原師家(もろいえ 関白基房の息子)が権中納言に任じられます。平家の権益が次々と侵されていくこの状況に、清盛の怒りが爆発…!!
 
11月、清盛は福原から数千騎の兵を率いて上洛し、院政停止・法皇幽閉を断行。法皇に近い勢力である関白や太政大臣など約40名の貴族を解官(げかん)しました。その者たちの知行国は平家一門の物にしました。「治承3年の政変(治承3年 清盛のクーデター)です。
  清盛「ついにここまで来た。ついに武士がこの国の頂に立ったのじゃ…!
 
 さて、平家絶頂のその時、孫である言仁(ときひと 後の安徳帝)親王が障子に穴を。。。 そして、思わず清盛がその穴から眺めると。。。
『世にも奇妙な物語』みたいでしたよ…!
 
 


 
 
 大河がもっと楽しくなる!
歴史ファンのために(=^^=)
【神罰か怨霊か】
 1179(治承3)年6月、清盛の娘 盛子が亡くなると、右大臣の九条(藤原)兼実は日記『玉葉(ぎょくよう)』に、「異姓の身で(藤原氏ではない身で)摂関家領を押領したから、春日大明神の罰がくだった」のだと書きました。
また、7月に清盛の長男 重盛が亡くなった際は、禁中で落書(らくしょ)が見つかります。それは「盛子と重盛の死は西光(さいこう)の怨霊によるものだ」という内容でした。
前回も崇徳院と藤原頼長の怨霊について書きましたが、当時の人達はよほど怨霊が気になっていたようです。
 
【清盛から信頼されなかった頼盛】
 117911月の「治承3年の政変(治承3年 清盛のクーデター)では、清盛が関白や太政大臣など約40名を一斉解官させます。その中に、清盛の弟 頼盛がいました。頼盛は兄の清盛たちと違って正室 藤原宗子(池禅尼)の子であるため、平家一門の中で微妙な立ち場にいました。また、法皇の近臣だったせいで、清盛にそうとう警戒されていたようです。
 そんなこんながあったせいか、頼盛は清盛死後、1183年の平家 都落ちに同行しませんでした。そして、かつて母 宗子が「平治の乱(1159)」で源頼朝の助命に尽くしたため、鎌倉で頼朝に歓迎されたのでした。
 
【大番役と頼朝の子作り】
 頼朝は、北条時政「大番役(おおばんやく)で上洛中の1178(治承2)年頃に、政子との間に長女 大姫(おおひめ)をもうけました。以前も頼朝は、伊東祐親が大番役で上洛中に、その娘 八重姫との間に息子 千鶴(せんつる)丸をもうけたことがあります。頼朝にとって、地域有力者の大番役は、その娘を口説く絶好の機会だったのかもしれません。
 大番役というのは、1162(応保2)年3月、清盛一門が二条帝の内裏の警護体制を整えるために始めたものです。各地の武士が国別に内裏警護を務めていたらしいです。『承久記』に出てくる北条政子の発言によると、大番役はもともと3年に及ぶ苦しい役目だったそうですが、それを頼朝が半年に縮め、鎌倉幕府においても制度として存続したのです。
 
  ~主な参考文献~
上杉和彦『平清盛』(山川出版社)p.4067
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.152~、264
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)p.223229
 
 


   ブログ村に参加してます~
  https://tv.blogmura.com/tv_jidai/ ←ブログ村「大河ドラマ」ランキング
 
   ブログラム ランキングはこちらです~(清水しゅーまいページ)
   ↓徳川家康、豊臣秀吉、会津若松、日本酒など
スポンサーサイト



コメント

No title

こんばんは。
ここに来て面白い展開になってきましたよね。
視聴率は低い様ですが、途中でやめた方はもったいなかった。

今週は法皇さまがやってくれましたね~
病床の重盛に双六を迫るなんて!
さすがの清盛がギョっとする様子が良かったです。

No title

☆ハニー先輩さん

緊迫感があって、よりおもしろくなってきましたよね。
ずっと見てきて、よかったです。

清盛に続き、法皇も冷徹になってしまいましたね(゚∀゚;
危篤の床で双六…、重盛つらそうでした。
清盛も法皇もどちらも少しおかしくなってきた感じです…!

No title

重盛のあの演技も。。。。

先にわたしは 大奥で 女たらしの面を見た後だったので

泣ける場面でなけなかった。

役者さんも 出演順 ちょっと 考えてほしかったなぁ

役のイメージって 大切ですよね^^

ちょっと 横道にそれちゃって ごめんなさい

いつも しゅーまいさんの解説 ありがたいです^^」

No title

今週はまた一段と清盛老けてましたねー。
最近は清盛が本当に清盛に見えてきて、1年の重みを感じます。

確かに子どもが先に3人も亡くなるなんて、怨念か?とか思いたくなるかもしれないですね。

西光だけじゃなくて、他にも呪われそうな事たくさんしてきてるし!

↑でサッチさんが言ってる通り、重盛が何故この時期に他のドラマに出ちゃったのか…。
残念でした。

No title

TBさせていただきました!
ぽちぽち~★

No title

危篤状態の病人相手にすごろくとか...
びっくりですよね!(>_<)
重盛さんもせっかく「忠ならんと....」って言うたはったのに
がっくり来たことでしょう(ToT)

頼朝始動し始めましたね!

No title

☆サッチさん

重盛の役者さん、女タラシの役やってましたか!
それは間が悪いですね(笑)
芸幅の広いことを見せたいのかもしれませんが ガッカリしてしまうような落差は残念です。

ドラマの合間のCMでドラマと同じ役者が出てくるのとかも、雰囲気を壊しますよね。
役のイメージは本当に大切ですね(^ ^)

解説読んでくださって嬉しいです。
ありがとうございます(^∇^)

No title

☆Parlさん
TBとぽちぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

清盛、いい具合に年をとってきましたね。
落ち着きが出てきて、武士らしくていい感じです(^∇^)

盛子と重盛が立て続けに亡くなってしまって…
現代でもそんな子供が立て続けに亡くなったら何か噂が立つかもしれないし
清盛は政敵がいるし 当時ならどうしてもこういう話が出てきますね。

重盛の役者さんは芸風の広さを見せたかったのかも…などと思いますが ちょっと戦略ミスだったようですね(笑)

今ドタバタしてるので
明日ゆっくり読みにうかがいますね(^ ^ゞ

No title

☆らんらんさん

病床で無理やり双六させるとは、残酷でしたよね…!
清盛が臥せる時までそのネタはとっておいて欲しかった…(^ ^ゞ

いよいよ頼朝が対平家に動き始めますね!
源氏の勝ち戦(平家の負け戦)がどの程度ドラマに出てくるのか気になるところです。

No title

子作りは、昔の方が崇高な行為として認識されていたかもしれませんね。今では子作り→淫乱→ネガティブ→少子化 のサイクルですから。

No title

☆kazunnさん

そうですね、特に昔の日本では、金精様・観音様・弁天様などと
神様がらみでなおかつ おおらかでした。

今は人類の種そのものの勢いが落ちてきて、
子づくり意欲も落ちてしまっているのかもしれませんよ…!

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム

プロフィール

清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
 このブログは、
①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
その他、本やテレビ、お気楽な話題に時事問題、
そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
 ご訪問のみなさまに幸あれ!
  私にそのおすそ分けあれ…!!

このブログの更新通知ボタン

更新通知で新しい記事をいち早くお届けします

最新記事

カレンダー

08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

最新コメント

月別アーカイブ