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「平清盛」鹿ヶ谷の余波…平家棟梁は重盛から宗盛へ

大河ドラマ『平清盛』
 第43回「忠と孝のはざまで」
【重盛の愚直 源氏の目覚め】
 1177(安元3・治承元)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年60歳、源頼朝(岡田将生)31歳。
鹿ヶ谷(ししがたに)の陰謀が発覚し、後白河法皇(松田翔太)近臣の藤原成親(吉沢悠)は流罪にされたうえ食を断たれ、餓死しました。
 
1178(治承2)1112日、清盛の娘である中宮 徳子(二階堂ふみ)高倉帝(千葉雄大)の間に、皇子誕生。のちの安徳帝。。。
 
1179(治承3)年2月。これは史実かどうかよく分かりませんが、『平家物語』の「巻2・教訓状~烽火之沙汰(ほうかのさた)」から取られた話です。

清盛がとうとう武力による法皇幽閉を画策。しかし、清盛の長男重盛(窪田正孝)は。。。

「では、法皇様の御所は、私が警護いたします」さらに涙ながらに、「忠ならんと欲すれば、孝ならず。孝ならんと欲すれば、忠ならず。進退これきわまれり。かくなる上は、この重盛が首を召されそうらえ…」

 平家物語には、続きがあります。重盛は自邸に帰ると平盛国を呼び、兵を集めさせ、なんと1万騎以上もの軍勢を結集させたのです。こうして清盛を驚かしておいて、法皇幽閉をあきらめさせたところで、兵を解散させたのでした。
 
 さて、源氏ですが。。。
頼朝は北条時政(遠藤憲一)に「政子殿を我が妻にもらいうけとうござります」と懇願。源氏の棟梁として東国武士を率いる決意を語り、ついに二人は結ばれました…!
また、遮那王(神木隆之介)弁慶(青木崇高)とともに奥州藤原家へと向かう途中、自ら元服。源義経の誕生です…!
ようやく源氏が目覚め始めました。
しかし、平家はまだ何も知らず。。。
 
 

 
 
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【懐かしの崇徳院と悪左府】
 1177(安元3・治承元)年の3月から6月にかけて、白山(はくさん)事件(比叡山延暦寺の強訴)太郎火事(京都大火事)鹿ヶ谷事件と立て続けに大事件が勃発しました。これが当時、“保元の乱(1156)による怨霊のせいではないか”と噂されます。そのため、乱後に讃岐国(現 香川県)へ流され亡くなった上皇に、崇徳(すとく)という称号が贈られました。また、悪左府(あくさふ)と呼ばれ、乱の逃走中に討たれた藤原頼長に、太政大臣・正一位の官位が贈られました。
 
【鹿ヶ谷事件の余波…平家棟梁は重盛から宗盛へ…】

 白山事件から鹿ヶ谷事件にかけて、清盛の長男 重盛は大きなダメージを受けました。まず、白山事件の強訴(ごうそ)の際は、重盛の家来が神輿(しんよ)に矢を射て牢獄入りになるという、不名誉な事態を起こしています。そして、鹿ヶ谷事件では、妻の兄である藤原成親が主謀者の一人として流罪になりました。しかも、清盛に助命を嘆願したのに、成親は餓死させられてしまいます。縁者がこのような最期を迎えては、重盛の立場は悪化せざるをえません。重盛は失望し、左大将を辞任。。。意欲を失ってしまったようです。

 
重盛の左大将辞任と同じ6月5日、弟の宗盛は厳島の寺に寿命長遠・二世大願成就の祈祷を依頼しています。さらに、厳島神社で臨時祭を主催したり、政治に積極的に関与していきます。1178(治承2)年1月には、正二位に昇進。
同じ月には、後白河法皇園城寺(おんじょうじ=三井寺)で儀式を行なう計画を立て、それに延暦寺が大反対するという出来事がありました。この時、清盛が法皇の御幸(ごこう=お出かけ)を阻止するために協議したのは、重盛ではなく宗盛でした。
この年、重盛が内大臣辞任を申し出た(受理されず)のと対照的に、宗盛は大納言になり、“内大臣昇進も近い”との噂が立ちました。こうして、重盛から宗盛へと、平家の棟梁の座はシフトしていきます。
 
今回のドラマでは、一門召集時に、弟の宗盛が筆頭の席に座っているのを遅れて到着した重盛が一にらみし、どかせるという無言の対立劇がありました。重盛と宗盛の対立は、どう決着するのでしょうか…?
 
  ~主な参考文献~
上杉和彦『平清盛』(山川出版社)p.63
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.251
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)p.228
校注・訳:市古貞次『新編 日本古典文学全集45 平家物語1』(小学館)p.131
 
 

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コメント

No title

こんばんは~~~
私としては、重盛と宗盛の対決構図がえがかれていればな~~て感じます。あらすじだけがすすんでいくって感じで。
重盛が亡くなることでいよいよ平家滅亡へのカウントダウンが始まりますね。ポチ!!

No title

☆とん子さん
ポチありがとうございます(^ ^)

今回のドラマでは、重盛と宗盛の対立は、一門召集時の無言の上座争いがあっただけでしたね。へたすると気づかないくらいでした。
もっと平家の棟梁争いも描いてほしいですね。

でも、重盛の説得には心が籠もっていて見応えありましたね(^ ^)
最期までしっかり見届けたいです…!

No title

こんばんは。
先週の政子さんといい、今週は重盛さんが良かったですね。
これまで大変そうだなぁ~~と思って見ていたご本人が、
本当に辛そうな心情を吐露した事でグッと来ましたよ。

No title

☆ハニー先輩さん

重盛は悲痛な場面で、古語交じりの見応えある演技を見せてくれていましたね。最期までしっかり見届けたいものです…!

北条政子は前向きで芯の強い女性になっていますね。
ただ元気なだけじゃない感じがして、好感をもてます(^ ^)

No title

こんばんは~♪

崇徳天皇の怨念は何百年先まで?ってくらいだったそうなので、本当に崇徳天皇の怨霊のせいだったとしたら人の気って怖いですねー!

色々想像しちゃいました。
崇徳天皇が妖怪になる所を1回分まるまる使ったんだから、ちらっとその辺出てたら面白かったかもしれないです!!

重盛は先妻の子ってのもあったんでしょうか?
でも清盛のくそじじいぶりを見てると彼は頑張ってましたよね(笑)

ぽちぽち★です~(^_-)

No title

☆Parlさん
ぽちぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

崇徳の怨霊の回、けっこう好きなので、また出してほしかったです。
当時の人達は、信じる気持ちとか怨念とか
感受性や“気”が強かったと思います。恐らく本当にいろいろ気にしていたんでしょうね(゚∀゚)

確かに 重盛は先妻の子というのが影響したのかもしれません。
清盛の悪人振りが強まっていることもあって、重盛の愚直さが際立っていました。がんばってる感じでしたね(^ ^)

No title

日曜日見られなかったので明日忘れず見なければ!

もう11月
残り後わずかですね(>_<)

No title

☆らんらんさん

重盛の熱演が光る回でした。
もし見れたら見てみてください(^ ^)

月日が過ぎるのが速くて
焦りますね…!
ドラマでは清盛の寿命あと2年くらいのところまで来ました…!

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清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
 このブログは、
①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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