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「平清盛」感動の厳島と法皇/貴族あこがれの大将職

大河ドラマ『平清盛』
 第40回「はかなき歌」
【建春門院 滋子の死で歴史が動く】
 1174(承安4)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年57歳、源頼朝(岡田将生)28歳。
福原の大輪田泊(おおわだのとまり)が完成し、宋国との交易が活発になり、宋銭の流通も進んでいました。清盛はさらなる宋銭の流通と信用保証を、法皇近臣の西光(加藤虎ノ介)に頼みます。すると 西光は、「亡き我が主(信西)が生きておれば、こうしたでしょうからな」と、快く請け負いました。清盛に好感を持ち始めた様子。
 
ところが、西光が相撲節会(すまいのせちえ)再開について相談すると、清盛は「宮中行事にうつつを抜かしている暇はござらぬ」と、あっさり拒否。いくらなんでも、あからさまな発言でした。西光、再び清盛に敵意を…。
 
 同じ年の3月、後白河法皇(松田翔太)建春門院 滋子(成海璃子)は、厳島(いつくしま)の社を参詣。清盛の企画によるものでした。厳島神社でまの当たりにした清盛の斬新な構想に、法皇は驚かされます。滋子につい弱音を…。
  後白河「いつの間にか、あやつはわしの先へ行ってしもうておるのか…」…
  滋子 「ご案じなされますな。滋子がおります。王家と平家を取り持つは、わが勤めにござります」
 しかし、1176(安元2)年、法皇が50歳になったこの年の7月、滋子は35歳で病没。。。
清盛と法皇の間に、暗雲が…!
 
 


 
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歴史ファンのために(=^^=)
【感動の厳島と後白河法皇】
 1174(承安4)年3月、後白河法皇建春門院 滋子を連れて安芸の厳島を参拝しました。これは前代未聞の出来事だったそうです。法皇は厳島の風景に感動し、『梁塵秘抄口伝集(りょうじんひしょう くでんしゅう)』にこう書いています。
「宝殿の様、回廊長く続きたるに、潮さしては回廊の下まで水湛(たた)へ、入り海の対へに浪(なみ)白く立ちて流れたる……めでたき事限り無し。思ひしよりも面白く見ゆ」
 思っていた以上に感動したようです。あの厳島神社の景色がありありと浮かんでくる一節ですね。
 
法皇が厳島の巫女(みこ)の舞を堪能していると、神託を伝える巫女がやってきて、「今様(いまよう=当時の流行歌)を聴きたい(神が聴きたがっている)」と言いました。法皇は今様を謡い始めましたが、次第に感情が高ぶって涙を流したとのことです。意外とセンチメンタルな一面もあったのでした。
 
【貴族あこがれの大将職】
 1174(承安4)年7月、清盛の長男 重盛右大将(右近衛大将の略称)に就任しました。近衛大将という官職は、実態を失ってましたが、その地位は貴族達の羨望の的でした。なぜかと言いますと……、
たいていの場合、近衛大将は大納言が兼ねます。大納言の一つ上の官職は内大臣です。内大臣が空席になると、ふつうは、席次の上位の大納言が昇進します。が、近衛大将を兼任している大納言が優先的に内大臣になれるという決まりがあって、先任の大納言達を飛び越して昇進できたのです。それで貴族達はみんな近衛大将の官職を欲したのでした。
 藤原信頼が平治の乱(1159)を起こしたきっかけとして、大将就任ができなかったことが挙げられていますが、それにはこのような背景があったのでした。
 
1177(治承元)年1月には重盛が左大将宗盛が右大将となり、あらためて平家の権勢を見せつけました。藤原成親など院の近臣らは非常に悔しがりました。そして、重盛は同年3月に順調に内大臣へと昇進しています。
しかし、同年4月には強訴神輿(ごうそ しんよ)射的事件、6月には鹿ヶ谷(ししがたに)事件と、立て続けに重盛に災難が降りかかることになります。
 
  ~主な参考文献~
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.225228~、237
五味文彦『西行と清盛 時代を拓いた二人』(新潮選書)p.264
本郷和人『謎とき平清盛』(文春新書)p.109
 
 


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コメント

No title

しゅーまいさん、信頼は近衛大将を欲して信西にはねつけられたんですよね。あの時の構図が西光と清盛に重なります。
貴族にとってはあこがれの職だったんですね。
ところが王家の犬と呼ばれた武士の平家の嫡男(重盛)が就任したんだから面白くないですわねえ。
改めて清盛の影響力は絶大だったんだな~~と痛感しました。ゴッシーが嫌がるはずですよね(笑)ポチ!!

No title

清盛の態度があからさまで、これでいいのかな?って思っちゃいます。

滋子さんの存在って大きかったんですね^^
紀行で「何でも思いのまま」って凄いなぁ

ロマンスト後白河・・・なんか可愛い(*´pq`)クスッ
相当、屈折した性格みたいだなぁ^^

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

No title

こんばんは。
最近の清盛さんは他人に対しての配慮とかまったくないですね。
やはり偉くなったからって事なのかもしれませんが、なんか貫禄がみえないぶん
ただの嫌な人に見えてしまいます。
あと今週は滋子さんの死に方が残念だったかなぁ・・・
死ぬのを知っている人は『ああ~~そろそろだな』と分かりましたが、
何も知らない人がみたら『えっ?』ってなる様な死にかただと思いました。

No title

☆とん子さん

ポチありがとうございます(^ ^)
そうですね、藤原信頼は近衛大将になりたかったのに、信西に阻止されました。
近衛大将になれれば一気に大臣の席が近づくので、みんなあこがれたと思います。
重盛が大将就任してしまい、藤原成親がお祝いの言葉を述べつつ、蔭で悔しそうにしてたのが印象的でしたね。
滋子が生きていれば、平家と法皇は共存共栄の関係を続けられたと思いますが、滋子が亡くなって急激に環境が変わってしまいます。ゴッシー法皇がどう動き出すか、楽しみですね…!

No title

☆栞さん

村・ナイス!ぽちどうもありがとうございます(=^▽^=)

清盛がとってつけたように あからさまな態度を見せるようになってきて、ちょっと脚本にご都合主義を感じてしまいました(^ ^ゞ

滋子は大きな力を握っていたのに、評判がよかったのが特長的です。藤原家関係の人からも、好評だったようです。

後白河法皇…、今様を熱唱しながら涙するなんて、そうとう感激家さんですよね(^ ^)
たしかに、性格にムラがあって屈折してる感じがしますね(笑)

No title

☆ハニー先輩さん

清盛が急に傲慢な態度をとるようになってきて…、
権力を握ったにしても、
なんとなく脚本のご都合主義を感じてしまいます(^ ^;)
ただの嫌な人にならないよう演出してほしいですよね。

滋子はいきなり亡くなってしまいましたね…!
ほとんど前触れが無かったので
これはよくないなあと思いました。
脚本をチェックする人や演出家とかが、「これは唐突過ぎる」と感じなければいけないと思います。
『清盛』には時々そういう不親切がありますね。

No title

しゅーまいさんちで 予習して 今週の土曜 再放送みたいと

思います。^^

No title

☆サッチさん

無理しないで もし見れたら
見てみてくださいね(^ ^)

No title

源氏物語を読んでもそうですが、このころの方は年齢に関係なく長患いもしないて、簡単に死んでしまいますね。それだ絵kにももの哀れの感が強いですね。
権力を得て傍若無人のようにふるまうさまは、秀吉もそうですね、多くの権力者が今もそういう気がします、現代のガダフィ大佐もそんな気がしてみてました
今の自民党は????ですね。もう阿部さんは総理になったつもりだものね。。むちゃムカつくよね。
人間は歴史からは学べないのかしらね。ナイスです。

No title

☆みっちゃんさん

そうですね、この時代は若い人もけっこうあっさり亡くなってしまうことがよくありますね。諸行無常の響きあり、ですね。
秀吉はかなり傍若無人なところもありました、清盛どころではない、本当の成り上がりですからね。
自民党の安倍総裁は悪い人じゃないと思いますけれど、やっぱり力不足な感じがします。政治が進歩するのは、なかなか難しいものですね。

No title

私も亡くなり方がちょっと残念でした。
後白河法皇との絡みの前振りがいい感じだったのと、後白河法皇が死後辛そうにしてたのも痛々しかったので、あさっりすぎと思えたのかもしれないですけど。。。

厳島神社で感動したお話を聞いて、確かに涙がでるくらい感動したんだろうなー!なるほど!なるほど!です。

ぽちぽち★

No title

☆Parlさん

ぽちぽち★どうもありがとうございます(=^▽^=)

滋子の存在感がけっこうあったのに、
前触れもほとんど無く本当にあっさり亡くなってしまって、とても残念でしたね。

後白河法皇…、厳島で感動して涙まで流して…
法皇が感激屋だったというのもありそうですが
当時の人達にはとても斬新に見えたのでしょうね~(^ ^)

No title

お出かけ~ふっと「これって行幸?」と思ったんです。

でも行幸は帝のお出かけだから、法皇様には使わない言葉になるのかな?

今回は清盛との対立が本格化するから愉しみです^^

本日の村・ぐらむナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち

ぐらむの体がお酒ばっかり,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

No title

☆栞さん

本日の村グラムナイス★ぽちどうもありがとうございます(^∀^)

いわれてみると 行幸って言うのかどうか…、上皇や法皇の場合はどうなのでしょうね?
今、辞書で見たら、皇族・摂家・将軍などの外出・来着の尊敬語は「お成り」と書いてあったんですが、上皇・法皇も含まれるのかなぁ…?
法皇様のおな~り~、ドン、ドン。

そうなんです、ブログラムの体のところ、酒びたりなんです(笑)
実の体も酒ばかりにならないように気をつけたいです…!

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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