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「平清盛」頼朝と組む藤原兼実/無名の頼朝/五摂家

大河ドラマ『平清盛』
 第36回「巨人の影」
【後白河出家して山法師と対立 困惑の重盛】
 1169(嘉応元)年、清盛(松山ケンイチ)は数え年52歳、源頼朝(岡田将生)23歳。
3月、福原に後白河上皇(松田翔太)を招いて千僧供養を挙行した清盛。比叡山延暦寺の明雲(みょううん 腹筋善之介)に供養を依頼し、両者は親密さが増しました。一方で、延暦寺と後白河の仲は……、
  明雲「相国(しょうこく)入道様の御大願、成就あそばすよう、この明雲、叡山より祈願いたしましょうぞ」
  後白河「わしのためにも祈願せよ…!」
 相変わらず険悪です。
そして、後白河は策を練り、6月に出家。この時、通例は延暦寺の僧を戒師とするはずのところ、園城寺(おんじょうじ=三井寺)の僧に托しました。延暦寺は園城寺と長らく対立しているので、これは当て付けのようなものでした。
 
 さて、清盛が隠居したことで、長男 重盛(窪田正孝)は家督を掌握。しかし、重盛は自信が持てないようです。そこで、義兄の藤原成親(吉沢悠)に励ましてもらいました。が、そんな時、その成親の目代(もくだい:国守の代理)が問題を起こしたことで、延暦寺の僧達が成親の流罪を求めて強訴(ごうそ)…! 平家は治安維持のため、兵を動かさなければならなくなります。重盛は義兄 成親を助けたい。だが、延暦寺と事を構えるのは避けたい。身動きが取れなくなってしまいます。後白河法皇は、山法師追討の意向を示しましたが…。重盛に解決できるのか…!?
 
 


 
 大河がもっと楽しくなる!
歴史ファンのために(=^^=)
【頼朝と組んだ藤原兼実 無名だった頼朝】
  右大臣 藤原兼実「法皇様の行なっておられるのは、もはや政(まつりごと)にあらず。天魔の所為なり」
 相島一之が演じている九条(藤原)兼実(かねざね)。今回のドラマに出てきたこの「天魔の所為なり」という言葉は、実際に兼実の日記『玉葉(ぎょくよう)に記されています。『玉葉』は、1164(長寛2)年から1203(建仁3)年という長期にわたる記述が今に伝わっています。平家全盛期から鎌倉幕府初期に当たり、この時代を知るための貴重な根本史料です。
 
 おもしろいことに、『玉葉』の源頼朝挙兵(1180治承4年)の項では、「伝え聞く。……義朝の子、大略謀叛を企つるか。あたかも将門のごとし、と云々」などと書かれています。頼朝のことが「義朝の子」としか記されておらず、当時はあまり知られていなかったらしいことが分かります。また、頼朝挙兵が「謀叛」として認識されていたのも、興味深いです。
 
それでも、兼実は頼朝と波長が合ったようで、その力を借り、平家滅亡翌年の1186(文治2)年に摂政 氏長者(うじのちょうじゃ)になり、返礼のような形で1192(建久3)年、頼朝への征夷大将軍宣下に尽力しました。のちに兼実は失脚してしまいますが、ひ孫の頼経が鎌倉幕府4代将軍となっています。
 
【五摂家の始まり】
 兼実は九条家の祖です。この時代に、藤原摂関家は「近衛(このえ)・松殿(まつどの)・九条」に分かれました。近衛家の祖は、清盛の娘 盛子と結婚してすぐに死んでしまった基実(もとざね)です。そして、今回もドラマに出てきた意地悪摂政の基房(もとふさ)が「松殿」なんですが、これは木曾義仲に加担したせいで没落。。。
 のちに九条から二条と一条、近衛から鷹司(たかつかさ)が分立し、「近衛・九条・二条・一条・鷹司」、これがいわゆる「五摂家(ごせっけ)」となって明治以降まで続きます。
 最後に、五摂家の家系図を作ったので、載せておきました…!
 
【五摂家の家系図】

 
  ~主な参考文献~
上杉和彦『平清盛』(山川出版社)p.4853
五味文彦『平清盛』(吉川弘文館)p.202
『日本全史(ジャパン・クロニック)(講談社)p.235236238
上杉和彦『源頼朝と鎌倉幕府』(新日本出版社)p.6389~、110159
高橋典幸『源頼朝』(山川出版社)p.82
本郷和人『謎とき平清盛』(文春新書)p.84112
 
 


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コメント

No title

無名の頼朝 ,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

当時は謀反・・・φ(.. ) メモメモ

それだけ平家の権勢が凄かったんですね^^

村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち
・・・やたらボタンが増えて解りづらいですね^^;

No title

こんばんは~~~
後に兼実は頼朝と手を組むんですねそして基房は木曽義仲と手を組むんですか?なるほど~~~
解説ありがとうございました
源氏、もうちょっと進歩してもらいたいなあ~~~頼朝いつまで放心状態にさせておくんでしょうか
ポチ!!

No title

こんばんは。
五摂家という言葉は知ってましたが、こういう由来があったとは。
我が家の嫁さん曰く「しゅーまいさんの記事は詳しくてわかりやすい」と。暗にナツメの10ちゃん記事批判か・・・。
村ぽちっです。

No title

こんばんは。
いつもながら歴史解説ありがたいです。
ここから五摂家が生まれたのですね~~また一つ賢くなりました。

No title

はじめまして。こんばんわ。

平将門~源頼朝まで、源氏と平氏の二百年の興亡を詳細に描いた、
「武家の棟梁」を連載しているので、是非、お立ち寄り下さい。

No title

☆栞さん

頼朝は長い無名時代を経て、一気にブレイクしたような感じです(^ ^)

お公家さんにとって、頼朝挙兵は当初“また東国の荒武者が暴れ始めたぞ”という程度の認識だったのかもしれませんね。
「義兵」だと日記に書いている別の公卿もいるのですが、待望の挙兵…とまで考えていたわけではなさそうです。

村・ナイス!ぽちどうもありがとうございます(^∀^)
ボタン増えましたね。なぜか「ナイス!」の扱いが小さくて、よその「いいね!」などのほうが目立つし、相変わらずヘンな改変です(^ ^;)

No title

☆とん子さん

ポチありがとうございます(^ ^)

摂政基房はようやく平家を追い落としたと思ったら、
木曾義仲と組んだせいで没落してしまいました(笑)
その点、兼実は後釜にすわった感じがあって、幸運もあったかもしれませんね。

源氏挙兵まで、あとまだちょうど10年くらいあるので、
ドラマでももうちょっと時間かかりそうな気がします(^ ^ゞ

No title

☆ナツメの10ちゃんさん

村ぽちありがとうございます(^-^)

記事をお誉め戴きまして大変嬉しいです(=^▽^=)
ナツメの10ちゃんさんの記事も分かりやすくて
いつも楽しく拝見してますよ☆

No title

☆ハニー先輩さん

ぼくの記事で大河ドラマをもっと楽しめるようになったら
大変嬉しいです(^ ^)
脇役の登場人物の歴史背景も、掘り下げてゆくと
なかなかおもしろいですよね…!

No title

☆Harryさん

コメントありがとうございます。
平将門から源頼朝までを対象にしてるのですか、だいぶ長い期間ですね。
おもしろそうです!

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ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
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猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
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