FC2ブログ

記事一覧

「いだてん」悲壮な覚悟を強いる日本人の国民性

大河ドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』
 第30回「黄金狂時代」脚本:宮藤官九郎

【メダル・ラッシュ】
 昭和7年(1932年)7月30日、第10回オリンピック、アメリカのロサンゼルス大会が開幕、8月7日には水泳競技が号砲一発! まずは100m自由形の宮崎康二(西山潤)金メダル! 続く800mリレーは期待の大横田勉(林遣都)が胃腸カタルで休場し、代わりに水泳チーム主将の高石勝男(斎藤工)を出してはどうかと意見が出ましたが、高石はあくまで「ノン・プレイング・キャプテン」の立場に徹することに。人選がうまくいき、この競技でも、金メダルを獲りました。別の日の400m自由形で大横田は惜しくも銅メダルです。
さて、女子200m平泳ぎ、前畑秀子(上白石萌歌)は…!
大河30IMG_0909

その頃、IOC(国際オリンピック委員会)総会に出席した嘉納治五郎(役所広司)は、厳しい現実に直面していました。日本が目指す昭和15年(1940年)五輪候補地に、すでに9カ国が立候補していたのです。

日本男子の水泳結果(途中経過)。
大河30IMG_0908


 ドラマがもっと楽しくなる!史実の妙味☆彡
大河ファンのために(=^▽^=)/

【前畑たちに悲壮な覚悟を強いた日本人の国民性】
 のちにNHKアナウンサー河西三省(かさい・さんせい)「前畑がんばれ!」のベルリン大会実況でも記憶に残ることになる水泳平泳ぎ200m選手、前畑秀子(まえはた・ひでこ)。もともとは小学校を卒業したら家業の豆腐屋を手伝おうと思っていました。幸い、前畑の才能に期待していた校長の勧めがあって、小学校の高等科(現在の中学校)に進学し水泳を続行。さらに椙山(すぎやま)女学校(現在の椙山女学園)からの編入の誘いを受けて水泳を続けられました。

しかし、女学校入学後まもなくして母が病死。続いて、病弱だった父もわずか5カ月後に亡くなってしまいました。大きな衝撃を受けた前畑には5人の兄弟がおり、家計の心配もあったのでしょう、一時は退学を決意するも、周囲の励ましがあって猛練習。昭和7年(1932年)、第10回オリンピック、アメリカのロサンゼルス大会に出場(この時18歳)。すごいことに自身の日本記録を6秒も縮めて銀メダルを獲得! 1位とはわずか0・1秒差でした。表彰台で前畑は嬉し涙を流したそうです。

ところが、日本帰国後の前畑を待っていたのは、東京市長・永田秀次郎(ひでじろう)の厳しい言葉でした。「あなたは、たった10分の1秒の差で、2着になってしまったんだろう? なぜ1着になれなかったんかね? ……この悔しさを忘れずに、4年後のベルリン・オリンピックではがんばってくれよ」 世間の人々の意見も同様のものが多かった。酷な時代でした。

当時、20歳過ぎでスポーツする女性は稀で、前畑自身も高等女学校を卒業したら結婚する考えでした。が、亡き母の「やりかけたことは、とことんやり抜かなければいかんよ」という教えを思い出し、悲壮な覚悟を固めたのです。ベルリン前の気持ちを、のちに前畑はこう表現しています。「もし優勝できなかったら死のう、と考えたほどです。帰りの船から飛び込もうか、いや、私は泳げるから、海では死ねないのではないか、などと本気で考えたのです」 日本では、このような過剰な重圧をかける傾向が、最近まで続いてきたのでした。これを「美談」としてはならないと思います。

  ~主な参考文献~
藤岡信勝 自由主義史観研究会『教科書が教えない歴史』(産経新聞社)p.245~247
●ホームページ:笹川スポーツ財団
大野益弘「人見絹枝と前畑秀子 悔しさに打ち克つ涙が、時を経て輝きを放つ」
 http://www.ssf.or.jp/history/Olympic_legacy/tabid/1671/Default.aspx
佐野慎輔「水泳――日本のお家芸」
 http://www.ssf.or.jp/history/essay/tabid/1140/Default.aspx



『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』
(清水しゅーまいアマゾン著者ページ)
在庫僅少です!

本2冊



ブログ村で歴史の扉を開こう~!
ブログ村「大河ドラマ」ランキング
清水しゅーまい


#大河ドラマ #いだてん #嘉納治五郎 #田畑政治 #古今亭志ん生 #宮藤官九郎 #清水しゅーまい
スポンサーサイト



コメント

酷い話

美談では無いですよね。
なんだか今の北のようですね(--;)

☆ジュディままさん

前畑秀子さんは幸いにも
結果的に金メダルに輝きますが
悲痛な覚悟があってのことでした。
その蔭には、多くの涙と敗者もあったと思います。
今でもそうですが、
日本人は真面目過ぎる、
堅過ぎるのでしょうかね。

そういえば・・・

有森裕子さんが2大会連続でメダルを獲ったころ
松下由樹主演の人見絹枝さんの伝記的なドラマを放送してました。
松下由樹のセリフですごく覚えてるのは
『わたしは日本のためじゃなく、自分のため人見絹枝のために走るのよ』
と言っていたことです。
人のためとか、ましてやお国のためとかじゃなく
自分のために好きなことをできたなら
例え24才で亡くなってしまっても人見絹枝さんは幸せだっただろうのに・・・と思います。

☆つばきさん

どうもありがとうございます(^-^)
人見絹枝さんの伝記的ドラマがありましたか。
本当に、自分のために
好きなことをできていたのなら
幸いなことですよね。
いいせりふですね(=^▽^=)
有森裕子さんの時にようやく
「自分で自分を誉めたい」と
少し明るい言葉が聞かれるようになりましたね。
それまでに長い長い時間がかかりました。

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム

プロフィール

清水しゅーまい

Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
 このブログは、
①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
その他、本やテレビ、お気楽な話題に時事問題、
そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
 ご訪問のみなさまに幸あれ!
  私にそのおすそ分けあれ…!!

最新記事

カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最新コメント

月別アーカイブ