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「いだてん」まだ行かねぇ/ラジオ志ん生も初出演

大河ドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』
 第27回「替り目」脚本:宮藤官九郎

【まだ行かねぇのかい!】
 第10回オリンピック、アメリカのロサンゼルス大会に向けて、水泳総監督の田畑政治(たばた・まさじ/阿部サダヲ)は打倒アメリカに燃えています。世界標準の競泳プールを神宮に建設させ、五輪前に、日米対抗戦を興行するというアイデアを…!

その頃、金栗四三(かなくり・しそう/中村勘九郎)は兄・実次(さねつぐ/中村獅童)の急逝を受け、熊本に帰ることにしたのでした。人生の替り目です。

神宮プールが完成し、200m平泳ぎで前畑秀子(上白石萌歌)16歳が日本新記録を打ち出します。のちに「前畑がんばれ!」の実況を残すNHKアナウンサーの河西三省(かさい・さんせい/トータス松本)も登場しました。

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さて、立ち去る金栗四三。田畑政治は独り言、「何しろ…偉ぇや。初めて世界で戦った日本人だからね。…あれは本当にいだてん…、って まだ行かねぇのかい!」
 落語の「替り目」のサゲ(オチ)にかかっていて面白かったですね!


 ドラマがもっと楽しくなる!史実の妙味☆彡
大河ファンのために(=^▽^=)/

【大震災をバネにしてラジオ放送早期実現!】
 日本で記念すべきラジオの初試験放送が実施されたのは、大正14年(1925年)3月1日のことです。それ以前は「大衆の娯楽に電波を濫用するのはもってのほか」という声もあったのですが、2年前の関東大震災で流言蜚語(りゅうげんひご)が飛び交ったのを受けて、信頼できる情報源が必要だというふうに潮目が変わり、一気にラジオ放送の実現と相成ったのでした。革命的な出来事でした。このあたり、平成23年(2011年)の東日本大震災を大きなきっかけにしてアプリのラインが広まったことと似ているような気がします。

この初試験放送は、芝浦の東京高等工芸学校の仮放送所で行なわれ、海軍軍楽隊のマーチが流されてそのあと緊張気味のアナウンサーが第一声を発したそうです。そして、天気予報や前日の火事などが伝えられました。翌日3月2日には、さっそく初の演芸番組が放送されました。五代目・柳亭左楽(りゅうてい・さらく)「女のりんき」という落語が最初でした。
その後のラジオ黎明期の番組構成は、午前に生け花やホッケーの講座、午後に講談・落語・浪花節、夜になって英語講座・童話朗読、他にもクラシック音楽や箏曲…といったふうです。

昭和2年(1927年)8月13日には、初の野球実況が中継されました。大阪朝日新聞社主催、甲子園での第13回全国中等学校優勝野球大会(今の全国高校野球選手権大会)の模様です。
「いまピッチャーがボールを投げます。ソラ、投げました。バッターが打ちました。アッ、大飛球です、中堅が走ります。受けました、受けました」
 なんとも冴えない感じの実況中継ですが、当時はこれが大いにウケたのでした。


【娯楽王ラジオのせいでレコードは売れなくなったか?】
 ラジオは娯楽の王様になりました。もちろんテレビもネットも無いこの時代、ラジオに出演すれば大変な話題になります。で、『いだてん』で描かれるかどうか分かりませんが、ビートたけしの演じる五代目・古今亭志ん生(ここんてい・しんしょう)、その若くて無名時代の頃の本名・美濃部孝蔵(みのべ・こうぞう/森山未來)のラジオ出演の機会は意外と早く訪れます。昭和3年(1928年)7月30日、名古屋放送局にて、「山岡角兵衛」を口演したのです。志ん生の初放送、ついに売れっ子の仲間入りか!? ところが、これがなぜか全然話題にならなかったらしい。名古屋には無名の噺家が数人いるだけで、そこにたまたま志ん生が名古屋公演で来ていたからってんで適当に放送したようです。この時、志ん生38歳。まだ売れる気配は無いのでした。

 さて、当初のラジオ放送は音楽のレコードをかける番組が多く、レコード会社から「レコードが売れなくなる…!」という苦情が殺到しました。が、ラジオで聴いてレコードを買いたくなる人が多いことが分かってきて、丸くおさまってゆきました。
これは落語の世界も同様で、初めのうちは、寄席組合が「寄席に客が来なくなる」と恐れて特に夜の演芸放送を禁止していました。これを破ると、その噺家は寄席に出演できなくなってしまうのです。しかし、やがて寄席組合もラジオ放送と相乗効果があるのを認識するように。さらに、放送局側も「無観客のスタジオ録音よりも落語の中継放送をしたら盛り上がるだろう」と企画を立て、昭和6年(1931年)11月22日に神田立花亭からの中継放送を実現させ、好評を得たのでした。現在と同じく情報革命の進む時代だったのです。

  ~主な参考文献~
『日本全史(ジャパン・クロニック)』(講談社)p.1038、1044
福田和也『教養としての歴史 日本の近代(下)』(新潮新書)p.52
保田武宏『志ん生の昭和』(アスキー新書)



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コメント

No title

Lineのアプリって東日本大震災がきっかけだったんですか?
知らなかったです。
学生時代は勉強しながら深夜放送のラジオなんか聞いたりしてたけど
大人になってからラジオなんて一切聞かないなぁ^^;

☆ジュディままさん

どうもありがとうございます(^-^)
東日本大震災がきっかけで、
開発が本腰になったんだか、
かなり大きなポイントだったらしいですよ
あまり詳しくないんですが(^ ^ゞ

今の若者などはラジオの存在を知らなかったり
するかもしれませんね。
ぼくはテレビの「ながら視聴」が苦手で、
代わりにラジオのながら視聴をよくしています(^∇^)
今この瞬間もバックにラジオ放送が流れています(^ ^)

こんにちは^^

わたしは戦前のスポーツ選手が好きで
いろいろ調べていました( ̄m ̄*)
前畑さんのことは実況も含めて知っていたのですが
亡くなったのが24年も前ということにビックリです。
調べてたときはご存命でしたし、
『あれはもう24年以上前なんだ~(゜∀゜)』と改めて驚きました。
今はパソコンで昔は図書館で・・・年をとっても興味を持つものは昔と変わらないです(笑)

ず~っと夏が元気で夏に強かったのですが
さすがに半世紀生きてきて人生の折り返しもとうに過ぎると
毎日生きているのが不思議なくらいグッタリしています。
しゅーまいさんは暑いのは大丈夫ですか?

☆つばきさん

いつもありがとうございます(^-^)
金栗四三だけではなくて戦前のスポーツ選手
全般がお好きなんですね♪
前畑さんはあの実況でなにかと登場するので
わりと身近ですね~
しかし1994年までご存命だったとは
知りませんでした!
ぼくは幼少の頃は夏好きでしたが
思春期の頃からはあんまり夏にいい思い出ありません(笑)
ほどよい気候の秋が一番好きですよ(^∇^)

災い転じて福となすと言うことなのかな

何事も塞翁が馬と言うことなのかな
いろんなことでより便利に具合良くなるんですね
いろんなことを知りませんでした
気持ちを明るく持って前向きに行きたいですね

☆みっちゃんさん

どうもありがとうございます(^-^)
そうですね、
大災害をきっかけとして…
って言うと亡くなった方々は気の毒ですが
かわりに何かが進歩していく…
そうやって総体的に見て前進していくことを
前向きに捉えるしかありませんね。

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Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
 このブログは、
①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
その他、本やテレビ、お気楽な話題に時事問題、
そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
 ご訪問のみなさまに幸あれ!
  私にそのおすそ分けあれ…!!

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