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「西郷どん」島津のお家芸釣り野伏/本多忠勝の誤り

大河ドラマ『西郷どん』
 第36回「慶喜の首」原作:林真理子/脚本:中園ミホ
【錦の御旗と侍の覚悟】
 時は慶応4年(1868)西郷吉之助(隆盛/鈴木亮平)は数え年42歳。
1月3日、鳥羽伏見の戦いが始まりました(厳密には1月2日、海戦で戦闘開始)
 
大久保一蔵(のちの利通/瑛太)が言うには、「戦況は、お味方不利」
岩倉具視(ともみ/笑福亭鶴瓶)「最後の手段や、あれの出番や!」 薩長軍(新政府軍)側に錦の御旗(みはた)がひるがえり、そんなもんのお蔭で逆転です。
 
しかし、弟・西郷信吾(のちの従道/錦戸亮)が銃撃を受けて倒れ、それを見舞いもしない吉之助は冷たい……と思いきや、英国人医師ウィリアム・ウィリス(ネイサン・ベリー)を寺に入れてクロロホルム麻酔や切開を駆使した外科手術などを行なわせたのでした。
 
さて、駿府の新政府軍大総督府にて軍議が重ねられ、江戸城総攻撃は3月15日に決定…!
吉之助は徳川慶喜(松田翔太)の首を獲るつもりですが、慶喜は徹底非戦。慶喜は勝海舟(遠藤憲一)の「戦えば勝ちますよ」という扇動にも乗らず。勝は納得し、山岡鉄太郎(鉄舟/藤本隆宏)を駿府へ派遣しました。決死の山岡の気迫に、吉之助は
「何ゆえあん慶喜公のために、そこまで…?」
「侍が…主(あるじ)を信じられなくなったら…それはもう侍ではございますまい」
 勝と再び会う決断をしたのでした…!
その前に、天璋院・篤姫(あつひめ/北川景子)と再会~
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!史実の妙味☆彡
大河ファンのために(=^^=)
【装備は一部優秀も戦術・気迫に劣った旧幕府軍
  島津のお家芸!釣り野伏せ】
 旧幕府軍は、大目付・滝川具挙(ともたか)陸軍奉行・竹中重固(しげかた)が1万5000人とも言われる大軍を率いて京への進軍を図りました(実際の兵数は半数ほどとも)滝川が鳥羽街道を、竹中が伏見街道を北上。二正面作戦です。なお、竹中の兵にはフランス伝習の歩兵部隊もおり、シャスポー銃という元込め銃も装備していたほどです。この時、新選組の土方歳三(ひじかた・としぞう)たちも竹中らとともに進んでいました。
 
対するは、薩摩軍・長州軍が主力の新政府軍、約5000人。幕軍との兵数には大差があります。長州の村田蔵六(大村益次郎)は、兵力不足を訴え、この戦闘に反対。合理的な頭脳では、新政府軍を不利と見たのです。代わりに、のちに日大創立者となる山田顕義(あきよし)が長州軍を率いていたのでした。
 
いざ開戦すると、戦慣れした薩摩軍が正確な大砲の射撃や、旺盛な気迫で徐々に圧してゆく形勢に。
せっかく装備が優秀な竹中の歩兵部隊が愚直に街道を進軍していったのに比べ(遭遇戦を想定していない)、薩摩軍などは強固な陣地を構築し、最前線で柔軟に戦闘に対応したようです。
 
薩摩軍は時に散開し、動きの遅い旧幕府軍を狙撃しました。
特に興味深いのが、薩摩・島津と言えば「釣り野伏(のぶ)せ」というくらいの戦国時代からのお家芸を披露したこと。数を頼んで攻撃してくる旧幕府軍に、退却すると見せかけて深追いさせ、密集したところを一斉狙撃したのでした。
 
旧幕府軍は根本的に緊張感に欠けた部分があり、せっかく夕方に優勢になったものを、日没を理由に撤退してしまう…という一幕もあったのだそうです。
鳥羽伏見の戦いでの死者数は、新政府軍60数名、旧幕府軍279名でした。
 
 
【本多忠勝から伝わるお飾り~間違い見つけた】
 今回、村田新八(堀井新太)が白い獅子頭みたいなものをかぶっていました。これです。左の人。

これは正確には犛牛(りぎゅう、からうし)と言って、よく歴史ドラマに出てきます。いわゆる徳川四天王の一人・本多忠勝が兜に乗せたのが由来。実は、鳥羽伏見の戦の時点では、まだ出てこないはずのものなんです。あれは江戸開城の際にたくさん出てきて、新政府軍が戦利品としてかぶりました。しかも、藩によって色が決まっていました。薩摩は黒、長州が白、土佐が赤(その他の藩はかぶってはいけません)です。つまり、今回のからうしは、ちょっと登場が早過ぎた上に、色も間違っていた…と言えそうです。半藤一利さんの著書から得た豆知識でした~。
 
  ~主な参考文献~
家近良樹『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)p.304
北康利『命もいらず名もいらず 西郷隆盛』(WAC文庫)p.243
半藤一利『幕末史』(新潮文庫)p.300~、376
山内昌之『幕末維新に学ぶ現在2』(中央公論新社)p.145

福田智弘『日本史が「時系列」だからわかりやすい!読む年表 幕末暦』(じっぴコンパクト新書)p.220

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コメント

No title

見てたした。ナイス
段々面白く成りますね

No title

見てたした。ナイス
段々面白く成りますね

No title

西郷どんは見ていないのですが、
この前たまたま西郷隆盛をネットで調べていたら
命日だったんですよ。(9月24日)

『あ、しゅーまいさんに言おう』と思いながらパソコンをシャットダウンしてしまいました

ぽちぽち☆☆

No title

☆ぎいさん
いっぱいコメントありがとうございます(笑)
ついに戦も始まって
盛り上がってきましたね~!

No title

☆つばきさん
ぽちぽちどうもありがとうございます(^-^)
なんでつばきさんが西郷隆盛を調べていたのか
気になります(笑)

No title

☆2018/9/26午後3:27さん
そうでしたか(^ ^)
いろんな説あって面白いですよね(^-^)

No title

こんばんは。
この週は信吾くんが撃たれてしまいビックリしましたが、
史実でも貫通銃創をおったとあるのですね。
鳥羽伏見の戦いでは、思っていたよりも幕軍にもチャンスがありましたよね。

No title

☆ハニー先輩さん
信吾が撃たれた件はぼくも知らなくて、
驚きました。
鳥羽伏見の戦い、
もっと幕軍がキビキビ動いてれば
違ったんでしょうが、実戦経験値が薩摩・長州よりも低くて
訓練度も低かったのかなぁ…と思います。
惜しいと言うか西郷どんから見れば
危うい戦いでしたね…!

No title

あの連獅子みたいな被り物、りぎゅうって言うんですね。
長年、気にも留めずに見てました(;^_^A°・。
平安の源平合戦から武装はファッションなので
みんな「ここぞ!」と着飾るんでしょうね。
でも、適当な登場はいただけませんね。
きっちり時代考証ののっとらなくては!
オール☆チェスト!

No title

追伸

NHKの樹木希林さん追悼番組あれこれを観てて
おばあさん方の実家が慶喜に近く仕えていそうで
希林さんの従兄弟さんは山岡鉄舟の書を所持してましたよ。
但し、希林さんのおばあさんは「慶喜の書」と思ってたらしいです。
凄い家系ですね。余談でした。

No title

☆風森湛さん
オール・チェストどうもありがとうございます♪
りぎゅう登場のフライングは
けっこう他のドラマでもあるらしいです(^ ^)
一つのドラマが間違えると
後進にバッと広まってしまうのでしょうね~

慶喜に仕え
山岡鉄舟の書を持っているとは
立派な家系があるもんですね…!
そう言えば
慶喜の末孫(女子)がつい最近まで生きていたそうで
驚きましたよ。

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Author:清水しゅーまい
ご訪問ありがとうございます(^-^)
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①大河ドラマや歴史の話題、②猫観察、③映画鑑賞、
④裁判傍聴、⑤日本酒など……という感じになっております。
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そして、友情・人情・心意気です!

猫愛好家のフリーなライターです

清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
このブログを含めてcopyrightは清水しゅーまいです。
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