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「直虎」井伊の多難/今川氏真の最終手段/榊原初陣

大河ドラマ『おんな城主 直虎』
 第12回「おんな城主直虎」作:森下佳子
【井伊家、続々と討ち死に!】
 時は永禄5(1562)年、井伊家の一人娘「とわ」(後の井伊直虎)は、数え年28歳ぐらい。
おとわ(柴咲コウ)が水垢離(みずごり=冷水を浴びての祈願)に励んだ甲斐も無く、亀こと井伊直親(三浦春馬)は今川方に斬られてしまいました!
 
それでもなお井伊家は今川に従うしかなく、残った者たちは合戦に駆り出されていきます。そして、おとわの曽祖父・井伊直平(前田吟)重臣の中野直由(筧利夫)目付役の新野左馬助(苅谷俊介)が次々と討ち死に!
 
物語はこの間に、2年くらい進んでいます。
井伊家に主な男衆がいなくなったのを見計らうように、鶴こと小野但馬守 政次(高橋一生)が戻ってきました。鶴は、新たな目付を引き連れていました。近藤康用(やすもち)・鈴木重時・菅沼忠久の3名。
この人たちは、のちに井伊谷(いいのや)三人衆と呼ばれる武将達で、本来は今川の目付ではなく、例えば菅沼忠久の父・元景は井伊直親に仕えていました。なにかの理由で、脚本上の変更を加えたものと思います。
 
そんで、鶴本人は、おこがましくも井伊直親の忘れ形見・虎松(後の井伊直政)を後見する…と言ってきました! 井伊家は乗っ取られてしまうのか!?
ここで、おとわがついに…!
 
 



 ドラマがもっと楽しくなる!史実の妙味☆彡
大河ファンのために(=^^=)
【この頃の家康と四天王】
 当時22歳の松平元康織田信長との同盟強化を進め、永禄6(1563)年3月、嫡男・竹千代(信康)信長の娘・五徳(徳姫)を嫁に迎えることを決めました(婚約)。その後まもなくして、今川家との絶縁をよりハッキリさせるため、かつて今川義元から一字拝領した「元」の字を捨てて家康と改名したのでした。「家」の一字は、松平一族の名乗りでわりと使われている字です。
 
同じ年の9月、家康に対し三河一向一揆が立ち上がります!
一揆勢は鉄砲も装備。対決を挑んだ家康は、あるとき具足に銃弾2発をくらうなど、当たり場所が悪ければどうだったかという目に遭っています。また、野戦で一揆勢に追われた家康は八幡宮の洞穴に潜んで何とか命を保つなど、一時期は大変なことになりました。
 
のちにいわゆる徳川四天王と呼ばれる面々は、このとき年齢順に酒井忠次37本多忠勝16榊原康政16井伊直政3歳でしたが、一向一揆勃発に対し、本多忠勝は一向宗(浄土真宗)を捨てて家康と同じ浄土宗に改宗し喜ばれました(石川数正なども同様)
また、この時の合戦で榊原小平太(こへいた)が初陣。攻撃をためらう味方に「仏罰は引き受けた、我に続け!」と叫んで鼓舞し、先陣として突き進み、大活躍したのでした…! 褒美として、小平太は家康から「康」の一字を拝領し、康政という諱(いみな=実名)を名乗ることにしたのです。
こうして永禄7(1564)年2月、家康は一向一揆の鎮圧に成功し、同年6月には三河一国を統一。。。
 
 
 永禄6(1563)年は、今川から離脱する武将が相次いだ年でもありました。遠江の有力国衆、犬居城主の天野景泰・元景親子が反旗。この時、今川からの討伐軍として、井伊直平も参加しました。直平、この時75歳とも、なんと85歳だったとも言われています。いずれにしても、直平は討ち死に。または毒殺された…という説も。
 
同じ頃、今川方として引馬城(ひくまじょう:後の浜松城)の城主を務めていた飯尾連龍(いのお・つらたつ)は無断で戦線離脱するなど、不穏な動きを見せていました。そして飯尾は家康に内通し、永禄6年の終わり頃、今川方から城攻めを受けることに! 家康は引馬城へ加勢に行くのが筋ですが、前述の一向一揆との戦が激しい時で、出馬できませんでした…!
 
家康の不参加で今川軍有利になるはずでしたが、永禄7(1564)年に入っても引馬城の戦いは続いており、またもや井伊家は巻き込まれてしまいます。9月15日、引馬城の東、天間橋(てんまばし)で合戦が繰り広げられ、城攻めに参加していた井伊家の家老・中野直由と新野左馬助 親矩(ちかのり)がともに討ち死にして果てたのでした…!
 
引馬城は持ちこたえました。10月になると今川氏真(うじざね)はあきらめたように見せかけ、城主・飯尾と和睦するに至ります。が、1年後、永禄8(1565)12月には、飯尾は駿府で殺害されてしまいました。
井伊直親の時もそうでしたが、今川氏真は駿府に呼び寄せて殺害するのが最終手段だったようです(°∀°;
 
  ~主な参考文献~
編:阿部猛・西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社)
小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』(洋泉社)p.144~、176
歴史群像シリーズ11号「徳川家康」(学習研究社)p.53~、60
小和田哲男『歴史群像シリーズ合戦ドキュメント3 桶狭間の戦い』(学習研究社)p.185
渡邊大門『おんな領主 井伊直虎』(中経の文庫)p.108
秋本太二「犬居天野氏について」(掲載誌失念、静岡県立中央図書館の関係専門誌?)p.86103
 
 

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     清水しゅーまい

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コメント

No title

mitemashita,naisu

No title

そういう背景があったのですね、仏罰は引き受けるーと鼓舞した話は有名ですね
さてこれからいよいよ女城主登場ですね
ナイス

No title

家康は若い時から色々危ない時を乗り越えてあそこまでになったのですね~~。
家康が若い時の事なんて考えてみた事もなかったので(笑)
ほんとか嘘か「こんな感じの青年?」と不思議な感じですねー!

今のところ女城主より瀬名がどんな風になるのかが楽しみです!

オールポチで~す(^^)

No title

☆ぎいさん
naisuどうもありがとうございます(^-^)
見てましたか(^ ^)
いよいよ女城主になりましたね~!

No title

☆みっちゃんさん
おぉ、榊原康政の初陣の様子
ご存知でしたか(^ ^)!
かっこいいですよね~
女城主の活躍
一体どうなるんでしょうね(=^▽^=)

No title

☆Parlさん
オールポチどうもありがとうございます(^-^)
家康はなんだかんだ決断力あるし
「果報は寝て待て」の根気もあったし
意外といろんな解釈できるのが魅力だと思います(^∀^)

たしかに、実際のところ、瀬名のほうが
天下に近い立ち位置で右往左往もして
魅力的かもしれないですね(=^▽^=)!

No title

三浦春馬さんここで退場って知らずに見てたのでビックリしました。 でも 次回からが ようやく本番って感じですね😄

No title

☆ばねぱんさん
ナイス!どうもありがとうございます(^-^)
そうですね、ふつうの時代劇だったら
三浦春馬さん助かるところですよね(笑)
いよいよ女城主になって
活躍が期待されますね…!

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清水しゅーまい
【著書】
『車猫が出てきた! ~ノラ猫の秘密~』2018年(東京図書出版)
『八っつぁんの落語一代記 噺家の来た道、日本の来た道』2015年(彩流社)
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